2025/05/08ブログ
イングランド女子サッカーにおけるトランスジェンダー選手排除と日本への示唆 ―英国最高裁判決とFA新方針を踏まえて―
2025年6月1日、イングランド・フットボール協会(FA)は、出生時に男性であったトランスジェンダー女性の女子サッカー競技への参加を原則禁止する新方針を施行します。本稿では、この決定の背景にある英国最高裁判例および法解釈を整理しつつ、日本の現行制度との比較を通じて、今後のスポーツ界における法的論点を概観します。
FAの新方針:女子カテゴリーは「出生時女性」のみ
FAはこれまで、ホルモン値や競技成績等を個別に審査する運用を採ってきましたが、新方針により原則として「生物学的女性」のみが女子競技に参加可能となります。
もっとも、今回の発表では排除的措置に限定されているわけではなく、トランス選手には「男女混合カテゴリー(Mixed Football)」または「オープンカテゴリー(Open Category)」でのプレー機会が示唆されています。
英国最高裁判決:UKSC 2024/0042
この政策転換の法的背景となったのが、英国最高裁が2025年4月に下した判決 “For Women Scotland Ltd v The Scottish Ministers”(UKSC 2024/0042) です。
同判決において最高裁は、Equality Act 2010 における「性(sex)」の定義を明確にし、次のように判示しています:
“The protected characteristic of sex in the Equality Act refers to biological sex.”
(Equality Act上の保護属性「性」は、生物学的性を意味する)
この判断により、FAを含むスポーツ統治団体は、法的根拠をもって競技カテゴリの構造を定義できるようになったのです。
日本の現状:ルール不在と個別判断の現実
一方、日本サッカー協会(JFA)をはじめとする国内競技団体では、トランスジェンダー選手の競技参加に関する統一的ガイドラインは存在しません。現在は競技会主催者の裁量に委ねられており、性別適合手術やホルモン療法の有無を明確な条件とする制度は未整備です。
ただし、スポーツ庁は2021年に 「性同一性に係るスポーツ活動への参加に関するガイドライン」 を公表しており、「安全性」「公正性」「個人の尊重」の3原則を提示しています。
今後の検討課題:公平性と包摂性の両立
英国の動きは、日本のスポーツ団体等にとっても他人事ではありません。特に以下のような論点は今後避けられないと考えられます:
- 国際大会における出場資格(FIFA、AFC等)
- ジェンダーをめぐる国内法の未整備
- 競技参加による安全配慮義務や差別対応リスク
今後、国内団体が制度設計を行うにあたっては、法的リスク評価と国際的整合性の両立が求められるでしょう。
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