2026/04/13ブログ
CASが示した「スポーツ団体の内部手続の壁」とその例外 [CAS2025/A/11499]
スポーツ紛争では、まず競技団体内部の不服申立手続を経るべきか、それとも外部の仲裁機関であるCAS(スポーツ仲裁裁判所)に進めるのかが、しばしば争点になります。
CASが2026年3月20日に公表した裁定(CAS2025/A/11499)は、この点について、内部救済手続の位置づけ、不作為があった場合のCASへのアクセス、そしてCASがどこまで審査できるかを整理したものとして注目されます[1]。
本件が実務上重要なのは、「内部手続を尽くすべき」という原則を維持しつつ、内部手続が現実に機能していない場合には例外的にCASに直接申立てることを認めうること、そして、CASが受理したとしても審査対象は内部手続で具体的に争った範囲に限定されることを、比較的明確に示した点にあります[2]。
事案の概要
本件は、レバノン・フェンシング連盟とその会長が、レバノン・オリンピック委員会(LOC)および2025年5月16日の総会で選出された執行委員会メンバーらを相手方として争った事案です。
背景には、LOC内部の意思決定の混乱、LSAC(レバノン・スポーツ仲裁センター)の停止状態、そして2025年4月22日および5月16日の臨時総会の適法性をめぐる対立がありました。
2025年2月24日、LOCのUrgent Matters Committeeは、4月22日と5月16日に臨時総会を開くことを決定し、同時にLSACの業務停止を再確認しました。これを受けて、4月2日には総会招集通知が発出されます。
これに対し、レバノン・フェンシング連盟は4月14日、LSACに対し、両総会の招集の停止と無効確認を求める仲裁申立てを行いました。LSACの単独仲裁人は4月16日に4月22日総会招集の効力停止を命じ、さらに5月9日には4月22日総会および4月2日招集通知を無効とする判断を示しました。
しかし、その間にも4月22日の総会は実際に開催され、新たに4つの競技連盟がLOC会員として承認されました。さらに、5月14日には別ルートで新執行委員会を選出する総会が開かれ、5月16日には4月2日招集通知に基づく別の臨時総会が開かれて執行委員会選挙が行われました。
これに対し、レバノン・フェンシング連盟は5月26日、5月16日総会の効力停止と無効確認を求めて再びLSACに申立てを行い、あわせて、LSACが審理不能であるならCASへ進むための書面確認も求めました。ところがLSACはこの申立てについて裁定を出さず、申立人らは6月6日、LSACの不作為ないし裁定拒否を対象としてCASに上訴しました。
パネルがまず整理したこと
本件でCASパネルがまず整理したのは、「内部救済を尽くしたこと」の問題は、CASの管轄の有無そのものではなく、申立ての適法性の問題として扱うべきだという点です。
パネルは、Article R47に関する従来の議論を踏まえつつ、内部手続を尽くしたかどうかは admissibility の問題であり、CASの jurisdiction そのものを否定するものではないと述べました。
この整理は実務上重要です。
「内部手続を経ていないからCASは一切受けられない」という単純な話ではなく、まず管轄は認めたうえで、内部手続の利用可能性や実効性が適法性の場面で検討されることになるからです。
内部手続が機能していない場合はどうなるのか
もっとも、CASは内部手続を常に厳格に先行させるわけではありません。
本件では、被申立人側自身が、LSACは少なくとも事実上2025年2月以降停止状態にあり、改革が終わるまで機能再開できないと認めていました。
そこでパネルは、5月16日総会を争うための内部救済は申立人にとって「readily and effectively available」ではなく、「definite procedure」へのアクセスも保障されていなかったと判断しました。
そのため、なおLSACに正式な催告を重ねることまで要求するのは過度の形式主義にあたると述べ、結局、LSACが5月26日申立てに対して裁定を出していないにもかかわらず、CASへの上訴は適法であると判断しました。
それでもCASの審査対象は無限定ではない
他方で、パネルは申立人側の請求を広く受け入れたわけではありません。
パネルは、R57により事実と法を全面的に審査できるとしても、その対象は前審で争われた紛争の範囲に限られると述べました。
本件では、5月26日にLSACへ出された申立てが本来対象としていたのは、5月16日総会の効力停止と無効確認です。
そのため、4月22日総会や5月14日の会合に関する救済請求は、本件CAS手続の射程外であり、不適法とされました。
本案では何が判断されたのか
本案においてCASは、最終的に5月16日総会の有効性を争う申立人側の主張を退けました。
CASは、4月14日時点でLSACは既に停止されていたため、そもそも有効に判断できなかったとしました。
さらに、仮にLSACに判断権限があったとしても、4月14日申立ては招集の停止や取消しを求めたものであり、4月22日総会自体の効力を無効とする判断までは求めていなかった以上、5月9日裁定が4月22日総会そのものを無効とした部分は ne ultra petita にあたると述べています。
その結果、4月22日総会は有効なものとして扱われ、そこで承認された新規加盟連盟の会員資格も維持されました。
実務上の示唆
本裁定から得られる実務上の示唆は明確です。
第一に、内部手続を尽くすことは依然として重要ですが、それは「実際に利用可能で、かつ実効的である」ことが前提です。
第二に、内部申立ての段階で、どの招集行為を争うのか、どの総会決議を争うのか、そしてどの法的効果の停止や無効を求めるのかを、正確に書き分けておく必要があります。
第三に、総会招集、暫定措置、内部裁定、別経路の総会開催が並行する場合には、時系列の整理がそのまま法的評価を左右します。
まとめ
本件は、「内部手続を経るべきか」という抽象的な原則論にとどまらず、内部手続が現実に機能しているのか、内部で何を争点として立てたのか、求めた救済と出された判断が一致しているのかという、スポーツ紛争実務の基礎を改めて示した裁定といえます。
スポーツ団体にとってはガバナンスの問題であり、加盟団体や競技関係者にとっては紛争戦略の問題です。
本裁定は、その両面において重要な示唆を与えるものといえるでしょう。
実務上のチェックポイント
・内部紛争処理機関が実際に機能しているか(形式ではなく実態)を確認する。
・内部申立てで「何を争うか(対象・効果)」を具体的に分解して記載する。
・複数の総会・決議が並行する場合は時系列表を作成する。
・不作為を理由にCASに進む場合は、内部救済が実効的でなかった事情を証拠化する。
脚注
[1] CAS 2025/A/11499, Arbitral Award dated 20 March 2026, paras. 1–20(事案経過・当事者関係)。
[2] 同裁定 paras. 86–105, 117–120, 141–143, dispositif(管轄・適法性・内部救済・審査範囲・本案判断)。

