2021/10/11ブログ
ブリトニー・スピアーズと成年後見
1 事案の概要
米国ポップシンガー、ブリトニー・スピアーズさんが自身の成年後見の終了を巡って提訴したというニュースが話題になっています。ここで「成年後見」としていますが、これはカリフォルニア州法に基づくConservatorshipで、日本の成年後見とは違います。
2008年に精神的な問題で2度入院後、彼女は、父親とその弁護士を共同成年後見人として、一時的な成年後見に服することになりました。
2007年頃から奇行が報じられ、ドラッグのリハビリ施設に入所したりしており、元夫と親権を争っていた子の引渡しを拒否するなどいろいろな騒動を起こしていたようです。その後、彼女は成年後見の解除を求めますが、裁判所は、2008年10月、これを認めず、期間を定めない成年後見として成年後見を延長しました。そして、現在まで約13年間、彼女の父親とその弁護士による成年後見が続いてきたようです。2019年頃には、SNSで#FreeBritney運動が沸き起こり、ファンからの彼女の成年後見を解除する声が上がりました。
報道によれば、ブリトニーさんは、成年後見制度によって虐待を受けてきたと主張し、一例として子宮内避妊具を装着されたとしています。
2021年9月29日、ロサンゼルス郡上級裁判所は、彼女の父親の成年後見を一時的に解除すると決定しました。その代わりに彼女が推薦した公認会計士が共同成年後見人として指名されたようです。共同成年後見人となっている父親の弁護士も、従来の成年後見維持の姿勢を変え、成年後見解除を認めているようで、2021年11月頃には成年後見が終了すると見込まれています。
当事者間に何があったかはさておき、2008年当時、ブリトニーさんは、27歳でした。奇行が報じられていたとはいえ、2008年当時もそれ以降も複数のアルバムをリリースしたり、ラスベガスの常設コンサートも成功したりと現在まで活躍しています。ブリトニーさんは、なぜこんなにも長く成年後見に服してきたのでしょうか。
カリフォルニア州の成年後見制度は、Probate Codeの中に設けられています。
(1) 成年後見の対象者(1800.3条参照)
人、財産又は人及び財産
(2) 成年後見人が選任される要件(1801条参照)
人の成年後見人は、(a)身体の健康、衣食住に関する個人的なニーズを適切に提供できない人に、財産の成年後見人は、(b)自分の金融資産を管理したり、詐欺や不当な影響に抵抗することが実質的にできない人に、人及び財産の成年後見人は、(a)及び(b)に該当する人に付されます。
(3) 成年後年の申立ができる者(1820条)
被後見人候補、被後見人候補の配偶者または同居のパートナー、被後見人候補の親族、利害関係のある州・地方自治体・州の機関・州または州の地方自治体の利害関係のある公務員、その他の被後見人候補の利害関係者または友人
(4) 手続(1821-1835条)
裁判所は、申立書や証拠、利害関係者の聴聞等を行い、成年後見が被後見人の最善の利益となると判断した場合、成年後見が開始されます。
(5) 終了(1860-1865条)
一般的な成年後見は、成年後見人の死亡又は裁判所の命令が終了事由です(1860条(a))。
裁判所は、成年後見が必要ないと認めるか、成年後見を存続する理由がなくなったと認める場合に終了を命じるとされていますが(1863条(b))、具体的な事由は明示されていません。
この件について、詳しく報じているニューヨークタイムズ紙によれば、ブリトニーさんは、長年、成年後見の終了を求めてきたようです。これまでは成年後見人である父親とその弁護士がこれに反対していたようです。今回は、父親もその弁護士も後見終了を認めたから、終了する方向で進んだようです。反対していた場合、裁判所は終了を認めたのか興味があるところです。
日本の成年後見制度で、同じようなことが起きるでしょうか。
2 日本の成年後見制度
日本における、成年後見制度は、認知症高齢者、知的障害者及び精神障害者等の判断能力の不十分な成年者を保護するための制度として、民法に定められています。
(1) 成年後見の対象者
「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」とされています(民法 7条)。
「事理を弁識する能力」とは、法律行為の結果(利害得失)について認識し合理的に判断する能力のことです。 事理を弁識する能力を欠く常況にあるとは、精神上の障害のため物事の善し悪しを区別することができないか、できるとしてもそれによって行動することができない状態にあることをいいます。日常の買物程度も自分ではできないため他人に代わってしてもらう必要のある者、家族の名前や自分の居場所等のごく日常的な事項もわからない者、植物状態にある者等がこの類型に該当すると解されています。
事理弁識能力の程度の判断にあたっては、明らかに必要がないと認められる場合を除き、鑑定をすることが必要とされています(家事事件手続法119条1項)。
(2) 成年後見の開始
家庭裁判所による後見開始の審判により開始します(民法838条2号)。
成年後見開始の審判を受けた者は、成年被後見人となり、これに対して成年後見人を付するとされています(民法8条)。
家庭裁判所は成年後見開始の審判をする際に、職権で成年後見人を選任します(民法843条1項)。
(3) 成年後見人の権限と義務
成年後見人の権限と義務は次のとおりです。
- 成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うこと(民法858条)
- 成年被後見人の財産の包括的な管理権及び財産に関する法律行為についての包括的な代理権を有すること(民法859条1項)
- 成年被後見人が行った法律行為(日用品の購入その他日常生活に関する行為を除く)の取消権を有すること(民法 9 条本文、120条1項)
- 事務を行うにあたっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないこと(民法858条)
- 善良な管理者の注意をもって、その事務を処理しなければならないとされています(民法869条、644条)
成年後見人が複数選任されることもあり、その場合であってもそれぞれの成年後見人は単独で権限行使をすることができるのが原則ですが、家庭裁判所は複数の成年後見人が共同して又は事務を分掌してその権限を行使すべきことを定めることもできます(民法859条の2 1項)。
成年後見人は、その職務の重要性にかんがみ、家庭裁判所の監督に服するものとされています(民法863条1項)。
成年後見人を監督する成年後見監督人が選任される場合もあり、その場合には、成年後見人は、成年後見監督人の監督にも服することになります(民法851条1号)。
(4) 成年後見の終了
成年後見の終了は、後見の必要がなくなったため後見それ自体のが終了する場合(絶対的終了事由)と、後見それ自体は終了していないが、後見人の交代が生じて後見人の任務が終了する場合(相対的終了事由)とがあります。
絶対的終了事由は、①成年被後見人本人が死亡または失踪宣告を受けた場合、②成年後見開始審判が取消された場合(成年被後見人本人、その配偶者、4親等内の親族、成年後見人、成年後見監督人、検察官から、成年後見開始の原因が消滅したとの申し立てがなされ、家庭裁判所がこれを認めた場合。民法10条)です。
相対的終了事由は次のとおりです。
①成年後見人の死亡
②成年後見人の選任審判が取消された場合
③成年後見人が辞任した場合(民法844条)
④成年後見人が解任された場合(民法846条)
⑤成年後見人に選任された後に欠格事由(民法847条)に該当するに至った場合
日本において成年被後見人が取りうる手段について
成年被後見人から、自らの事理弁識能力が回復したことを理由(絶対的終了事由)として、成年後見開始審判の取消を求めることが可能です(民法10条)。
また、成年被後見人が、成年後見人に不正な行為があること等を理由として成年後見人の解任を求めることも可能です(民法846条)。ただし、この場合、相対的終了事由となりますので、成年後見自体は継続しますので、別の成年後見人が選任され、成年被後見人は新たな成年後見人の監督下に置かれることになります。
コメント
ブリトリニーさんに適用されたカリフォルニア州の成年後見制度は、日本の成年後見制度と異なります。
日本の成年後見制度は、精神上の障害で常態として物事の善し悪しを区別することができないか、できるとしてもそれによって行動することができない状態とされており、成年後見の適否の前に、そうした状況にあるか否かを専門医によって鑑定することが必要とされています。
2008年当時もそれ以降も、ポップシンガーとして活動できていたことからしますと、日本の成年後見制度上では、成年後見が適用されないという判断になるように思います。
仮に、日本で本件と類似した事案で成年後見の開始決定がされた場合、成年後見人は、身上監護事務も行うことになります。身上監護の事務としては、①介護・生活維持に関する事務、②住居の確保に関する事務、③施設の入退所、処遇の監視・異議申立て等に関する事務、④医療に関する事務、⑤教育・リハビリ等に関する事務等を行うことができます。このような身上監護の一環として、子宮内避妊具の装着を法的に強制することはできないと思われます。