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2026/02/17ブログ

ミラノ・コルティナ2026 アドホック仲裁速報

オリンピック期間中のアドホック仲裁は、24時間で結論がでることが特徴です。

以下、速報的に、現時点で公表されているOG 26-01からOG 26-08の裁定を、弁護士の実務目線で要点と雑感をまとめます。
また、裁定書は未公表ですが、CASが結論を公表したAHD09(表現行為をめぐる事案)も取り上げます


1. OG 26-01 ボルシュノフ対FIS(時間的管轄否定;却下)
[事案の概要]
ロシアのクロスカントリースキー選手が、FISのIndividual Neutral Athlete(AIN)申請が却下されたことを争いました。
FISは2025年12月24日にAIN申請を不許可と通知し、その後もやり取りが続きますが、CASパネルは「紛争が生じた(arise)」のは遅くともこの不許可通知の時点であり、アドホックが扱える期間(開会式10日前から)より前だとして、時間的管轄を否定しました。

[コメント]
この事件は、アドホック仲裁の本質をストレートに示しています。アドホックは「争いが続いている」だけでは足りず、「いつ始まったか」がポイントになります。しかも、理由提示が後から来たとか、説明が不足しているといった事情は、少なくともこの事件では「開始時点」を動かす材料になりません。オリンピック直前の紛争対応では、代理人がまず「この争いはいつ始まったか」を確定し、アドホックに乗らないようであれば別ルートに切り替える判断が必要となります。


2. OG 26-02 アイルランド・リュージュ連盟対FIL(時間的管轄否定;却下)
[事案の概要]
リュージュの出場枠配分に関する争いです。IOCが定める最大枠(106)との関係で、ある「暫定的な配分」が問題となり、申立人側はアドホック期間内の紛争だと主張しました。しかしCASパネルは、遅くとも2026年1月22日の段階で当事者間に「具体的な対立」が明確に存在しており、開会式10日前(2月6日開会式を前提に1月27日)より前に紛争は発生しているとして、時間的管轄を否定しました

[コメント]
出場枠は、暫定リスト→条件充足→最終確定という工程があり、当事者としても「まだ最終決定ではない」と言いたくなる局面が出ます。ただ、CASパネルはここでも「決定が確定した日」より「争いが生じた日」を優先しています。制度設計としては一貫しており、逆にいえば、当事者が一度でも法的主張として正面衝突したら、その時点で「争いが生じた」と認定されることになります。現場の実務では、通知書の形式より、対立が確定した瞬間を起点に逆算する必要があります。


3. OG 26-03 ウーレンダー対カナダ連盟ほか(時間的管轄否定;却下
[事案の概要]
2026年1月7日のレイクプラシッドでのNorth American Cupで、カナダ側が複数選手をレースから引き上げた結果、参加人数が20人未満となり、規則によりランキングポイントが100パーセントから75パーセントに減少(つまり25パーセント減)されました。この影響でオリンピック出場に不利益が出たとして、競技の不正操作(manipulation)等を主張して争われました。
しかしCASパネルは、少なくとも2026年1月23日以前に紛争が発生しているとして、時間的管轄を否定しました。

[コメント]
「スポーツの公正」や「競技の不正操作」という法的にも倫理的にも重いテーマですが、アドホック仲裁の結論は、その争いが生じた時点で決まりました。選手側は、紛争の発生日(arise)を最初に特定し、開会式の10日前より前に生じた可能性があるなら、アドホック仲裁のみに固執せず、通常の仲裁等他の解決手段も併せて採ることを検討する必要があります。


4. OG 26-04 英国連盟対IBSF(用具の規則適合性;棄却)
[事案の概要]
英国が新たに開発したスケルトン用ヘルメットについて、IBSFの規則(ヘルメットにスポイラーや突出エッジ等を認めない趣旨)に適合するかが争われました。CASパネルは、まず、いわゆるフィールド・オブ・プレイとして審査を控える場面ではなく、競技前の行政的な用具適合判断であり、法的審査の対象になると明確に述べています。そのうえで、申立人側が規則適合性を十分に立証できないとして、申立てを棄却しました。

[コメント]
アドホックはスピードが肝になりますが、技術に関する紛争は、仲裁のスピードがそのまま立証のハードルになります。規則に適合しているかは、法律論よりまず専門的な技術面の立証が必要となります。短時間で、図面、比較対象、規則目的に照らした説明、相手方の判断の誤りの具体的に証明しなければなりません。
なお、CASパネルは「最適な安全政策を決める場ではない」と線を引きつつも、用具規制の透明性や制度整備の必要性に言及している点は、統括団体側のガバナンス課題を指摘しています


5. OG 26-05 ロメイ対イタリア連盟(代表選考;棄却)
[事案の概要]
イタリア女子カーリングの代表選考から外れた選手が、選考の恣意性、利益相反(技術ディレクターと選出選手の親子関係を含む)などを主張して争いました。CASパネルは、チーム競技の選考主体に一定の裁量があること(客観的な指標だけでなく、チームワークや選手の相互作用、役割適正など)を前提にして、恣意的ないし不合理であることを示す証拠はないとして申立てを棄却しています。

[コメント]
チーム競技に関する代表選考の紛争は、審査の枠組みと当事者の納得感が最もズレやすい領域です。チーム競技は特に、数値化しにくい要素(相性、戦術適合、役割)を理由に「裁量」が一定程度許容されることから、争う選手としては、単純に自己の実績や統計だけを並べても、この裁量の壁は越えにくいものとなっています。本件に即して、選手側が行うべきことといえば、(i) 利益相反管理や選考プロセスの透明性が制度として欠けていることを、規程と運用の両方で具体的に示すこと、(ii) 基準の事後変更、説明の不整合、手続保障の欠落など、裁量の逸脱を示す具体的事実を主張することです。


6. OG 26-06 ロメイ対World Curling(相手方と救済のミスマッチ;棄却)
[事案の概要]
上記5.の代表選考問題について、選手は国際連盟(World Curling)にも関与を求めました。
World Curlingは「加盟団体に誰を選考せよと指示する権限はない」と主張しています。CASパネルは、選手とWorld Curlingとの間の「紛争」が10日前期間内に発生した点は肯定しつつ、オリンピック憲章上、出場選手のエントリー権限はNOCにあり、国際連盟は選手を入れ替える法的権限を有しないとして、求める救済(入替え)がそもそも国際連盟に対して出せない、として棄却しました。

[コメント]
救済を求める相手が違うということですが、アドホック仲裁の代理人を務める弁護士が、こうした基本的なオリンピック代表選考の仕組みを知らないことはないと思います。おそらく時間切れが迫る局面で選手の利益を最大化しようとした、戦術的な申立てに見えます。CASパネルは、第三者を後から加えて「紛争の開始時点」をずらし、10日前ルールに無理に乗せるような手法について、それはアドホック規則の趣旨ではないとして明確に釘を刺しています。これは、今後も繰り返し引用される一文になりそうです。


7. OG 26-07 パスラー対NADOほか(ドーピング紛争管轄;却下)
[事案の概要]
イタリアのアンチドーピング機関による暫定的資格停止処分(暫定停止)について、選手がアドホック仲裁で前提停止の取消しや執行停止を求めました。CASパネルは、紛争自体は10日前ウィンドウ内にあるように見える、と整理しつつも、結論としては「現段階の決定にはCASに上訴する権利がない」としてアドホック仲裁の管轄を否定しました。
理由は、イタリア側の手続設計にあります。最初の暫定停止は当事者から話を聴かない形で出され、その段階で争うなら国内の上訴機関に訴えるべきであるとしました。CASに上訴できるドーピング紛争は、選手が暫定停止の再検討を求めて当事者審尋が行われ、その結果として暫定停止が維持された場合など、一定の局面に限られる、としました。本件では選手が国内の上訴機関への訴えを行っていないため、CASに管轄がないとしました。なお、国際検査機関が誤って被申立人に加えられていた点は、当事者適格の観点から除外されています。

[コメント]
ドーピングは、代表選考などの紛争とは異なり、世界アンチドーピング機構が定めるアンチドーピング規則が適用されます。当該規則に沿って上訴を行う必要があります。これを誤ると、どれだけ合理的な主張があってもCASは審理に入れません。


8. OG 26-08 ラインサル対ISU(セーフガーディング事案;暫定停止維持(棄却))
[事案の概要]
申立人は、ISUのTechnical Specialistであり、同時にミラノ・コルティナ2026に出場予定のリトアニア女子選手のコーチでもありました。2025年7月、申立人の元選手から、申立人および妻による長期の身体的・心理的虐待等の申告がISUに提出され、ISUは外部機関に調査を委託しました。申立人は複数回にわたり全面否認をしましたが、ISUは倫理規程違反として懲戒手続を開始し、2026年2月7日、ISU Disciplinary Commissionが暫定停止(五輪を含むISU活動からの排除)を命じました。申立人の異議申立ては2月8日付で退けられ、翌2月9日にはリトアニアNOCがアクレディテーションを取消しました。

[コメント]
CASパネルは、暫定停止を「制裁」ではなく「予防的・保護的措置」と位置づけ、その射程を「参加者の福祉」「アスリートやその他参加者の安全・尊厳・ウェルビーイング」「競技環境の適切な機能」としました。本件の虐待の申告のように回復困難な被害が想定される局面では、統括団体に一定の裁量が認められる、という判断枠組みをとりました。
審査の中心は「虐待があったか」をこの段階で確定することではなく、深刻な被害申告が存在し、最終結論前でも放置すれば回復困難な害が生じ得る局面で、統括団体が暫定的に加害者とされる申立人を排除する判断が合理的か、また目的に照らして手段が比例しているかを検討しました。CASパネルは、この暫定措置を「必要最小限のリスク遮断」として認めました。


9. AHD09 ヘラスケビッチ(表現とフィールド・オブ・プレイ;棄却)※現時点ではメディアリリースのみ
[事案の概要]
ウクライナのスケルトン選手が、競技用ヘルメットに戦争で亡くなったウクライナ人アスリート等の肖像を掲載した「追悼のヘルメット」を競技本番で着用することを表明しました。これに対し、IOCは、2026年2月10日、オリンピック憲章とAthlete Expression Guidelinesに違反すると判断しました。IBSFは、2026年2月12日、IOCの判断を前提に、同選手を男子スケルトン競技のスタートリストから外すことを決定しました。
選手はこの決定に不服を申し立てました。CASパネルは、追悼の意図には共感を示しつつも、表現の自由はオリンピックで保障されるが、フィールド・オブ・プレイでは一定の制限が設けられているとして、選手の不服申立を棄却しました。

[コメント]
本件は、追悼の意図の是非を判断したものではななく、IOCのAthlete Expression Guidelinesが「競技中のフィールド・オブ・プレイ」に設けた制限を、CASパネルが合理的・比例的な線引きとして承認したものです。CASパネルは、選手の意図に共感を明示しつつも、競技中は全選手のパフォーマンスが公正に注目されるべきだという共通利益を理由に、競技外での表現機会がある以上、競技中の制限は許容されるとした。
なお、CASパネルは、付言として「この状況でアクレディテーションを取り消すのは不公平であり、IOCがアクレディテーションを返還する判断を支持する」としていることから、この選手はアクレディテーション(大会参加資格)も一度は取り消されていたようです。


結語

スポーツの中心にいるのは選手です。選手の努力が正当に評価され、紛争が生じても、手続が透明で、説明が尽くされ、必要な救済が機能するという環境こそが、選手を守り、スポーツに対する信頼を支えるものだと思います。スポーツに携わる法律家として、選手が競技に集中できる舞台が整うことを願っています。

弁護士 大橋卓生

免責
本稿は公開情報に基づく一般的な解説であり、個別案件への法的助言ではありません。具体的事案では、適用規程、通知経緯、期限、証拠状況により結論が変わり得ます。

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