Trademark/商標法

2022/05/21Trademark/商標法

「ゆっくり茶番劇」商標問題

「ゆっくり茶番劇」の商標登録が大きな問題になっています。併せて「ゆっくり茶番劇」の商標登録=「ゆっくり茶番劇」の文字が使用できなくなるという誤解も見受けられます。

商標は、自分の商品・サービスと他人の商品・サービスとを区別する自他識別機能(識別力)を発揮することを前提に、企業努力によりその商標に蓄積される業務上の信用を保護するための知的財産権です。

商標は、必ずしもオリジナルの造語である必要はなく、識別力が認められれば、既存の単語でも商標登録は可能です。例えば、”APPLE”は、英語でリンゴを意味する単語ですが、コンピューターとの関係では自他識別機能を発揮する(識別力がある)ものと判断され、商標登録が認められています(商標登録第1758671号)。

商標登録が可能か否かを調査する際、ネットで単語を検索し、特定の企業や人の商品名やサービス名として使用されていないかをチェックします。
「ゆっくり茶番劇」は、東方プロジェクトの二次創作とゆっくりボイスという音声合成ソフトを使って制作された動画のジャンル(ほかに「ゆっくり解説」や「ゆっくり動画」などがあります)として用いられており、もともと、特定の企業や人の商品やサービス名として使用されているものではありませんでした。特定の企業や人の商品名やサービス名として使用されていないため、商標登録可能と判断されてしまったように思われます。

本件の問題は、多くのユーザーによって形成されてきた「ゆっくり茶番劇」という動画ジャンルを、一ユーザーが商標登録し、「ゆっくり茶番劇」を独占するような形をとってしまったことにあると思います(さらに、当初は年間10万円の利用料を求めており、利益を得る目的もあったと思われます)。

もっともYouTube上での「ゆっくり茶番劇」の使用態様を見ますと、動画のジャンルとして用いており、今回商標登録された「ゆっくり茶番劇」の商標権侵害とはならないように思います。

動画のタイトルは、著作物である動画の内容を表すもので、商標としての識別力はないと判断するのが、特許庁・裁判所の基本的な考え方です。例外的にシリーズもののタイトルは、識別力があるとされ、商標登録が認められます。その意味で「ゆっくり茶番劇」は動画シリーズのタイトルと理解される可能性があると指摘されています。たしかに動画をパッケージで販売する場合の商品商標であれば、シリーズタイトルは商標として機能し、動画のタイトルにそれを用いると商標権を侵害するということになります。しかし、今回「ゆっくり茶番劇」が商標登録されたのは、インターネットにおける動画提供を含むサービスの類いのサービスマーク(役務商標)です。この場合、動画のタイトルというよりも、インターネットにおける動画提供を行う者の表示として「ゆっくり茶番劇」の商標を用いるか否かが商標権侵害の有無のポイントになると考えます。

YouTubeでの「ゆっくり茶番劇」の用いられ方は、動画のタイトル中(冒頭に付す例が多い)に【ゆっくり茶番劇】【ゆっくり茶番】を付し、ハッシュタグとして「#ゆっくり茶番劇」「#ゆっくり茶番」と付す形が一般的と思います。他の【ゆっくり解説】や【ゆっくり実況】なども同様に使用されています。このようにタイトル中に【】付きのキーワードを付すことは、YouTube動画のタイトルにおけるSEO対策の工夫として一般的に行われています。このため、この部分は動画のジャンルを区別するためのものと認識されるように思います。そして、YouTubeにおいて動画の提供者は、動画のタイトルに示されるのではなく、チャンネル名に記載され、視聴者は、チャンネル名の者が動画を提供していると認識すると思います。

端的にいえば、チャンネル名に「ゆっくり茶番劇」や類似と判断される可能性のある「ゆっくり茶番」を使わず、現状のように動画ジャンルとして使用するのであれば、今回登録された「ゆっくり茶番劇」の商標権を侵害しないといえます。
この点、商標権の効力範囲を特許庁に求めることができるという制度があります(商標法28条)ので、特許庁の判定を求めることが考えられます。

現状の用法が商標権侵害に該当する可能性は低いとはいえ、商標権の効力が一般的に認識されておらず、権利範囲が広く解されている現状においては、本来自由にできるはずの表現行為が萎縮する可能性が高いと思いますので、こうした商標登録は撤回されるのがよいと思います。

既に商標登録がされていますので、対抗する手段としては登録無効審判になります。「ゆっくり茶番劇」はもともと特定の企業や人に権利が生じているものではないと思われますので、無効にする理由としては、商標法4条1項7号の「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(公序良俗違反)に該当するということが考えられます。
商標審査基準によれば、公序良俗違反に該当する場合として「当該商標の出願の経緯に社会的相当性を欠くものがある等、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ない場合」があげられています。本件は、多くのユーザーが「ゆったり茶番劇」を作り上げてきたものであること、一ユーザーが利益を得る目的で商標登録を申請したことなどの事情が認められ、これに該当する可能性があるのではないかと思います。

公序良俗違反のほかに、「ゆっくり茶番劇」は動画のジャンルとして認識されていることから、そもそも特定の企業や人の商品やサービス名としては認識されず、「識別力なし」ということで無効とすることも考えられます。ただ、今回の商標登録の対象となったサービスは「インターネットを利用して行う映像提供」「オンラインによる映像の提供(ダウンロードできないものに限る)」以外にも広くとられており、一概に識別力なしとは言えないのではないかという印象です。

無効審判は、利害関係人に限り請求できるとされています。特許庁の審査便覧によれば、利害関係人とは、商標権の存在によって、法律上の利益や、その権利に対する法律的地位に直接の影響を受けるか又は受ける可能性のある者とされています。
具体例として、商標関連では、次のものがあげられています。
1) 当該登録商標と同一又は類似である商標を同一又は類似の商品等に使用している/していた者
2) 当該登録商標と同一又は類似の商標を将来使用する可能性を有する者
3) 当該登録商標により商品の出所の混同による不利益を被る可能性を有する者
4) 当該商標権の専用使用権者、通常使用権者等
5) 当該商標権について訴訟関係にある/あった者又は警告を受けた者

上記はあくまで例示にすぎず、「利害関係を有する者であるかは個別事件ごとに判断されるべきもの」とされています。

特許庁の方でも、審査にあたって慎重になると思います。ただ、特許庁だけに頼るのではなく、ユーザー全員で注意を払って、今回のような商標登録を阻止することも必要と思います。出願された商標は公開され、その間に特許庁に情報提供をして、商標登録の可否の判断材料とすることができます。商標の出願情報はTwitterの商標速報botで容易に得られますので、問題のある商標出願を見つけたら、特許庁に指摘する、といったユーザー自身の自助努力で文化を守っていくことも求められていくように思います。

今後は、ドワンゴ社が、悪意ある商標登録を防止する目的で、ゆっくり関連動画用語の商標登録を行う予定とのことです。
動画のジャンルとして確立してきた用語が、同社の商品・サービスを識別する商標として認められるか、また、商標は、自己の業務に係る商品・サービスで使用する意思が必要とされているところ(商標法3条1項)、こうした目的での商標登録について商標を使用する意思があると認められるか、興味深いところです。

弁護士 大橋卓生
弁護士 鈴木 一

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