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2026/07/07Football/サッカー

FIFAバログン処分の執行猶予決定に見る、スポーツ懲罰手続の透明性

1 今回の問題は「レッドカード取消し」ではない

2026年7月6日、FIFA懲罰委員会委員長は、FIFAワールドカップ2026における米国代表FWフォラリン・バログン選手のレッドカードに関する決定について声明を公表しました。

問題となったのは、レッドカード自体を取り消したかどうかではありません。

FIFAの説明によれば、レッドカードに伴う1試合の出場停止は維持しつつ、その「執行」を1年間の猶予期間に付したという整理です。報道上も、FIFAがバログン選手の自動的なレッドカード出場停止を猶予し、ベルギー戦への出場を可能にしたこと、その根拠としてFIFA Disciplinary Code 27条が挙げられていることが報じられています。

つまり、FIFAは「レッドカードをなかったことにした」のではなく、「レッドカードに伴う出場停止の実施を猶予した」と説明していることになります。

2 レフェリーの判断と懲罰機関の権限

今回の決定を理解するうえで、まず重要なのはFIFA Disciplinary Codeの構造です。

同規程9条は、レフェリーの競技上の判断を原則として最終的なものとしています。

Article 9.1は、レフェリーの判断について “final” と定めています。また、Article 9.2は例外的に “obvious error” がある場合を扱っています。すなわち、レフェリーがフィールド上で行った判断は最終的なものとされます。ただし、選手の取り違えのような明白な誤りがある場合には、FIFAの司法機関がその判断の懲罰上の帰結に限って見直すことがあり得ます。

そのため、今回のFIFAの説明は、「レッドカードを取り消した」というものではありません。

あくまで、レッドカードから生じる出場停止について、その実施時期を調整したという位置づけです。

3 FIFA Disciplinary Code 27条の意味

FIFAが根拠としたと考えられるのが、FIFA Disciplinary Code 27条です。

同条によれば、FIFAの司法機関は、懲罰措置の実施を全部または一部停止することができます。その場合、制裁を受ける者には1年から4年の猶予期間が設定されます。猶予期間中に同種・同程度の違反があれば、猶予は取り消され、元の制裁も執行されます。もっとも、八百長・試合操作に関する懲罰措置は猶予の対象になりません。

4 自動的出場停止との関係

他方で、FIFA Disciplinary Code 66条4項は、退場は次の試合の出場停止を自動的に生じさせると定めています。

さらに、FIFAワールドカップ2026大会規程10.5条も、直接のレッドカードまたは2枚目の警告による退場の場合、当該選手またはチーム役員はチームの次戦に自動的に出場停止となると定めています。

このため、今回の法的な争点は比較的明確です。

FIFA側の立場は、「自動的に発生した出場停止」も懲罰措置である以上、27条により実施を停止できる、というものです。

これに対し、異議を唱える立場は、「自動的出場停止」は大会の公平性を守る特別ルールであり、個別裁量で停止できるとすると、同じ退場処分を受けた他選手との一貫性が損なわれると考えることになります。

5 ロナウド事案という先例

もっとも、FIFA Disciplinary Code 27条が今回初めて使われたわけではありません。

2025年11月には、ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウド選手について、ワールドカップ予選での退場に関連して、同様に執行猶予が問題となった事案があります。

報道によれば、ロナウド選手は、アイルランド代表戦で相手選手に肘を当てた行為により退場となり、FIFAから3試合の出場停止処分を受けました。FIFAはこの行為を violent conduct または serious foul play と評価したとされています。

しかし、FIFAは3試合停止のうち2試合分について、1年間の猶予期間に付しました。ロナウド選手は、ポルトガルの最終予選アルメニア戦で自動的な1試合停止を既に消化したため、ワールドカップ本大会では初戦から出場可能となる整理でした。

この意味で、今回のバログン事案には、ロナウド事案という先例があります。

ただし、両者には重要な違いもあります。

ロナウド事案では、退場に伴う自動的な1試合停止は既に消化されており、猶予されたのは追加的な2試合停止でした。これに対し、バログン事案では、本大会のノックアウトステージ直前に、退場に伴う自動的な1試合停止そのものの実施が猶予されています。

この違いは小さくありません。

前者は、将来の本大会出場に影響し得る追加制裁の執行猶予です。後者は、直近の本大会試合に出場できるかどうかを左右する自動的制裁の執行猶予です。

そのため、バログン事案では、ロナウド事案以上に、競技の公平性、対戦相手への説明、判断基準の一貫性、外部影響の有無が問題となります。

さらに、同じ時期のワールドカップ予選では、他国の選手が攻撃的行為によるレッドカードで3試合停止となりながら、猶予を認められなかった事例も報じられています。

そうすると、問題は、27条を使えるかどうかだけではありません。どのような場合に27条を使い、どのような場合には使わないのかという基準が示されているかです。

ロナウド事案は、バログン事案に先立つ重要な比較事例です。しかし、それはFIFAの判断を当然に正当化するものではなく、むしろ27条の運用基準をどこまで透明化すべきかという問題を浮かび上がらせるものといえます。

6 条文解釈としては成立し得る

筆者の見方では、条文だけを読む限り、FIFA側の解釈が直ちに不可能とまではいえません。

27条は、対象となる懲罰措置を広く定めています。また、八百長・試合操作に関する措置のみを明示的に除外しています。

この構造からすれば、レッドカードに伴う出場停止も、形式的には27条の対象に含まれるという解釈はあり得ます。

もっとも、ここで問題となるのは、「条文上できるか」だけではありません。

7 説明責任の問題

今回の本質は、例外的な権限行使について、どのような事情・証拠・比較事例を踏まえて判断したのかが十分に説明されているかにあります。

FIFA Disciplinary Code 27条自体は、どのような場合に執行停止を認めるかについて、具体的な要件を詳細に置いていません。

そのため、判断基準が示されなければ、なぜこの事案で出場停止が猶予されたのか、他の事案でも同様に扱われるのかが分かりにくくなります。

8 理由付き決定は後から出せば足りるのか

FIFA Disciplinary Code 54条は、通常、決定の主文のみを通知し、当事者が10日以内に理由付き決定を求めることができる仕組みを採用しています。

理由付き決定には、事実の要約、違反条項、違反判断に関する考慮要素、制裁決定基準が含まれるとされています。

したがって、手続法的には、詳細な理由は後続の理由付き決定で示されるという整理も可能です。

しかし、ワールドカップのノックアウトステージという即時性の高い場面では、通常の理由開示のタイミングだけでは、競技の公平性に対する疑念を十分に払拭できません。

後日、理由が示されたとしても、その時点では試合が終わってしまっている可能性があります。

9 外部影響の外観も問題となる

今回の件では、米国大統領がFIFA会長に連絡をしたと報じられています。FIFA会長は、独立した司法機関が判断する案件である旨を説明したとされています。

実際に不当な影響があったかどうかは、現時点の公表資料からは断定できません。

しかし、重要なのは、実際の影響の有無だけではありません。

「外部からの働きかけによって結果が変わったのではないか」という外観上の問題が生じること自体が、スポーツ規律手続の信頼性に影響します。

10 独立性は「実質」と「外観」の双方が必要

FIFA Disciplinary Code上、FIFAの司法機関の構成員は独立性・公平性を満たす必要があります。

独立性や公平性に正当な疑問がある場合、または利益相反がある場合には、当該案件を判断できないとされています。

だからこそ、FIFAとしては「独立している」と述べるだけでは十分ではありません。外部接触が判断過程に影響しなかったことを、手続面から説明する必要があります。

11 ベルギー側の上訴は不適法とされた

ベルギー側がこの決定に不服を申し立てることができるかも、実務上重要な論点です。

この点について、FIFA Appeal Committeeは、ベルギー王立サッカー協会(RBFA)の申立てを不適法と判断したと報じられています。

FIFAは、その理由として、RBFAはバログン選手に関する懲罰手続の当事者ではなく、そのため当該決定に対する上訴適格を有しない、と説明したとされています。

FIFA Disciplinary Code 62条は、上訴適格について、懲罰委員会の手続の当事者であり、かつ上訴について法的に保護された利益を有する者に上訴を認める構造を採っています。

また、同Code 62条2項は、加盟協会およびクラブについて “decisions sanctioning their players, officials or members” に対する上訴を認めています。

この規定を前提にすると、米国サッカー連盟やバログン選手本人は、自己に対する制裁に関する手続の当事者として上訴適格を基礎づけやすい一方、対戦相手であるベルギー協会は、相手チームの選手に対する懲罰処分について、原手続の当事者ではないという理由で排除されたことになります。

もっとも、この結論は形式的な手続法理としては理解できるとしても、競技の公平性という観点からは別の問題を残します。

対戦相手の選手が本来出場停止であるかどうかは、試合の公正性に直接影響します。それにもかかわらず、対戦相手には決定理由へのアクセスも、実効的な不服申立ての機会も認められないとすれば、大会参加者全体に対する説明責任が十分であったかが問題となります。

この点で、今回の件は、処分を受ける選手・協会との関係だけでなく、対戦相手や大会参加者全体との関係で、スポーツ規律手続の透明性をどこまで確保すべきかを示す事例といえます。

12 スポーツ規律手続における3つの課題

今回の決定は、スポーツ規律手続における3つの課題を示しています。

第1に、自動的制裁と裁量的猶予の関係です。

自動的制裁は、競技運営の予測可能性と公平性を確保するための仕組みです。これに例外を認めるのであれば、例外の基準が明確でなければなりません。

第2に、理由開示のタイミングです。

大会中の処分は、試合結果や出場資格に直結します。後日、理由付き決定を示せるとしても、その時点では競技上の影響が既に発生していることがあります。

第3に、独立性の外観です。

スポーツ団体の懲罰機関は、実際に独立しているだけでは足りません。重要な大会では、政治家、開催国、スポンサー、放送権者など、競技外の利害関係者から距離を置いて判断されたと社会的に理解されることが必要です。

13 日本の競技団体への示唆

日本の競技団体にとっても、今回の件は他人事ではありません。

処分規程に「情状により軽減できる」「執行を猶予できる」といった包括的条項を置くこと自体は珍しくありません。

しかし、その権限をどの場面で、どの基準により、どの手続で行使するのかを明確にしておかなければ、特定の選手・チームへの便宜供与と受け止められるリスクがあります。

実務上は、少なくとも、次の事項を整備しておくべきです。

① 自動的制裁を猶予・軽減できる場合の基準
② 緊急案件における理由開示の方法
③ 対戦相手や大会参加者への情報提供範囲
④ 外部者からの接触があった場合の記録化
⑤ 利益相反・独立性に疑義がある場合の忌避手続

14 まとめ

今回のFIFAの決定は、条文解釈としては成立し得る一方で、スポーツガバナンスとしては大きな説明責任を伴うものです。

スポーツの懲罰手続では、「正しい判断をしたか」だけでなく、「誰から見ても公正な手続で判断されたといえるか」が問われます。

今回の件は、競技団体の懲罰制度における透明性、独立性、説明責任の重要性を改めて示す事例といえます。

 

本記事は、2026年7月7日時点で確認できた公表資料および報道に基づく一般的な解説です。個別案件については、当該競技団体の規程、手続経過、証拠関係を確認したうえで判断する必要があります。

弁護士 大橋卓生

 

参考資料・出典

FIFA, Statement from the Chairperson of the FIFA Disciplinary Committee, 6 July 2026
https://media.fifa.com/en/tournaments/mens/fwc2026/news/statement-from-the-chairperson-of-the-fifa-disciplinary-committee-6-july-2026

FIFA, FIFA Disciplinary Code, September 2025 edition
https://digitalhub.fifa.com/m/6094262690de769/original/FIFA-Disciplinary-Code-2025.pdf

FIFA, Regulations for the FIFA World Cup 26
https://digitalhub.fifa.com/m/636f5c9c6f29771f/original/FWC2026_regulations_EN.pdf

Reuters, Trump intervention sparks World Cup storm as FIFA clears Balogun to face Belgium, 6 July 2026
https://www.reuters.com/sports/soccer/trump-intervention-sparks-world-cup-storm-fifa-clears-balogun-face-belgium-2026-07-06/

Reuters, What is Article 27 of FIFA’s Disciplinary Code that allows red-carded Balogun to play?, 6 July 2026
https://www.reuters.com/sports/soccer/what-is-article-27-fifas-disciplinary-code-that-allows-red-carded-balogun-play-2026-07-06/

AP, Cristiano Ronaldo to avoid World Cup ban after FIFA partially suspends punishment, 25 November 2025
https://apnews.com/article/world-cup-fifa-cristiano-ronaldo-ban-3d9e7b4eeeff0d4f93f21813869c5ed7

Reuters, Belgium says FIFA rejected Balogun challenge after treating query as an appeal, 6 July 2026
https://www.reuters.com/sports/soccer/belgium-says-fifa-rejected-balogun-challenge-after-treating-query-an-appeal-2026-07-06/

Reuters, Reaction to FIFA suspending Balogun red card after Trump intervention, 6 July 2026
https://www.reuters.com/sports/soccer/reaction-fifa-suspending-balogun-red-card-after-trump-intervention-2026-07-06/

Reuters, UEFA slams FIFA’s unprecedented, incomprehensible and unjustifiable Balogun decision, 6 July 2026
https://www.reuters.com/sports/soccer/uefa-slams-fifas-unprecedented-incomprehensible-unjustifiable-balogun-decision-2026-07-06/

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