2026/07/19Baseball/野球
佐々木麟太郎選手の「日米ダブル指名」を読み解く ― ドラフト制度の交錯とアスリートの進路選択
1 はじめに
花巻東高校時代に高校通算140本塁打を記録し、卒業後に米スタンフォード大学へ進学した佐々木麟太郎選手が、2025年10月のNPBドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから1位指名を受け、さらに2026年7月のMLBドラフトでもマイアミ・マーリンズから8巡目(全体235位)で指名されました。日本人選手が同一時期にNPBとMLBの双方から指名を受け、進路の選択権を自らの手に握るという状況は極めて異例です。そして2026年7月19日、佐々木選手はマーリンズとの契約意思を正式に表明しました。本稿では、この「日米ダブル指名」がなぜ制度上可能となったのかを整理したうえで、同選手の決断の制度的な意味を含め、スポーツ法の観点から若干の考察を加えます。
2 事実の経過
2023年秋、佐々木選手は高校3年時のNPBドラフトにおいて上位指名候補と目されながら、プロ志望届を提出せずに米国の大学への進学を選択しました。スタンフォード大学では1年目から出場機会を得て、2年目の2026年シーズンには、本塁打を7本から16本、OPSを.790から.952へ伸ばすなど、長打力を大きく向上させています(打率は.269から.262)。
2025年10月のNPBドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークスが1位で競合し、抽選の結果ソフトバンクが交渉権を獲得しました。そして2026年7月12日(日本時間13日)のMLBドラフトにおいて、マーリンズが8巡目(全体235位)で佐々木選手を指名しました。
この結果、佐々木選手の選択肢は、(1)ソフトバンクと契約してNPB入りする、(2)マーリンズと契約してMLB傘下でプレーする、(3)いずれとも契約せずスタンフォード大学に残留し、翌年以降のドラフトで再評価を狙う、という3つに整理されました。報道によれば、マーリンズとの交渉期限は米東部時間2026年7月27日午後5時(日本時間28日午前6時)、ソフトバンクの交渉権存続期限は同年7月31日とされており、両制度の期限がほぼ同時期に到来する点も本件の特徴です。
こうした中、2026年7月15日、日刊スポーツは関係者への取材に基づき佐々木選手がマーリンズへの入団を決断したと報じましたが、同日、マネジメント会社は「まだ決定した事実はない」としてこれを否定しました。その後19日、佐々木選手本人が会見でマーリンズとの契約意思を正式に表明しました。ソフトバンクは7月上旬に佐々木選手を福岡に招いて球団施設を案内し、背番号1を提示するなど獲得に力を尽くしましたが、佐々木選手は幼少期からの夢であるメジャーの舞台に直接つながる道を選択しました。全体235位の割当額は23万9200ドルとされますが、実際の契約金は契約締結まで確定しません。少なくとも割当額ベースではNPBドラフト1位の一般的な契約条件を下回るとみられ、目先の経済条件のみでは説明のつかない決断である点が注目されます(この点は後述します)。
3 なぜNPBは「プロ志望届のない海外大学在学者」を指名できたのか
日本のドラフト制度では、日本高等学校野球連盟または全日本大学野球連盟に所属する選手について、プロ志望届の提出がドラフト指名の前提とされています。もっとも、NPBの公表資料上、プロ志望届の要件はこれらの連盟に所属する選手に限られており、海外の学校に在学し、これらの連盟に所属していない選手はその適用対象外です。したがって、米国の大学に在学する佐々木選手は、プロ志望届の有無にかかわらず、制度上は指名対象となり得ました。
さらに、佐々木選手の渡米が決まった2023年、NPBはドラフト関連規約を一部改正し、海外の学校に在学する日本人選手を指名した場合の契約締結交渉期間を、従来の「会議翌年3月末日」から「会議翌年7月末日」へと延長しました。米国大学の学年暦やNCAAの春季シーズンが6月頃まで続くことを踏まえると、従前の3月末期限では、選手が米国でのシーズンやMLBドラフトの評価を見極めた上でNPB球団と契約することが難しい状況でした。この改正は、海外在学選手の指名を実効的なものとする制度的手当てと評価できます。
加えて、毎日新聞等の報道によれば、NPBはMLB側に対し、翌年のMLBドラフトで指名対象となる選手をその前年のNPBドラフトで指名することの可否を確認し、可能であるとの回答を得たとされています。日米のドラフト制度は本来相互に独立したものですが、両制度の対象者が重なる場面について、機構間で事前の調整・確認が行われた点は注目に値します。
4 なぜMLBは「大学2年生」を指名できたのか
MLBのドラフト(Rule 4 Draft)では、4年制大学の選手は、3年次を修了するか、21歳に達した時点で指名対象となります。21歳要件は、3年次修了要件と並ぶ独立の指名資格です。2005年4月生まれの佐々木選手は2026年4月に21歳となったため、大学2年生でありながら2026年のMLBドラフトの指名対象となりました。NPBが「MLBドラフトの前年」である2025年秋に指名に踏み切った背景には、このMLB側の年齢要件の存在があります。
また、MLBのドラフトでは、指名を受けた選手が契約せずに大学に残留し、翌年以降のドラフトに再エントリーすることが制度上当然に予定されています。交渉期限までに契約に至らなければ球団の権利は消滅し、選手は翌年再び指名対象となります。指名拒否が例外的事象として扱われる日本のドラフト実務とは、この点で運用の実態が大きく異なります。
5 スポーツ法の観点からの考察
第一に、本件は、ドラフト制度という「選手の交渉相手を一球団に限定する仕組み」の性質を改めて考える素材となります。
ドラフト制度は戦力均衡や契約金の高騰抑制を目的として正当化されてきましたが、私人間の制度として、職業選択の自由の理念や独占禁止法上の競争政策の観点からは、新人選手の交渉力を構造的に制約する制度でもあります。佐々木選手のケースでは、NPBとMLBという二つの制度が並存し、さらに大学残留という第三の選択肢が存在することにより、単一のドラフト制度の下では生じない交渉上のレバレッジが選手側に生まれました。制度間の並存が結果として選手の選択肢と交渉力を拡張した事例と見ることができます。
この観点から見ると、佐々木選手が、少なくとも全体235位の割当額ベースではNPBドラフト1位の一般的な契約条件を下回るとみられるマーリンズを選択したことは示唆的です。ソフトバンクに入団した場合、佐々木選手はNPBの契約保留制度の下に置かれ、NPB球団が契約保留権を有する間はMLB球団と自由に契約できません。通常は、145日以上の出場選手登録を1シーズンとして通算9シーズンを要する海外FA権の取得、または所属球団の同意に基づくポスティングが必要となります。ただし、球団が契約保留権を放棄して自由契約となる場合等は別です。
これに対し、MLB球団と直接契約すれば、この長期の制度的拘束を経由せずに済みます。目先の契約金の格差と、キャリア全体を通じた移動の自由およびメジャー到達までの時間価値とを比較衡量したものと理解すれば、本件の決断は経済的にも十分合理的に説明可能であり、ドラフト制度・契約保留制度というリーグの私的ルールによる労働市場上の制約が選手の進路選択に与える影響を示す好例といえます。
第二に、歴史的文脈として、いわゆる田澤ルールの存在と撤廃に触れておく必要があります。
2008年10月、NPBは、ドラフト前に12球団による指名を拒否し、または交渉権を得た球団への入団を拒否して外国球団と契約した新人選手について、外国球団との契約終了後、高卒は3年間、大卒・社会人は2年間、12球団がドラフト指名しないとの申合せを設けました。この申合せは2020年9月に廃止されました。公正取引委員会によれば、実際に適用されて12球団に契約を拒絶された例はありませんでしたが、海外挑戦に対する萎縮効果を持ち得た制度と評価することは可能です。
第三に、米国大学スポーツをめぐる環境変化です。
NCAAでは選手が自らの氏名・肖像等(NIL: Name, Image and Likeness)を商業利用して収入を得ることが認められるようになり、「大学残留」は単なるプロ入りの先送りではなく、経済合理性を伴い得る選択肢となりました。
ただし、佐々木選手のように米国の大学で学ぶ外国人選手のNIL活動には、移民法上の制約があります。F-1学生のNIL報酬がすべて無許可就労になるわけではなく、契約内容や実際の活動に応じて判断されます。広告出演、撮影、SNSコンテンツ制作などを米国内で行えば、無許可就労とみなされるおそれがあります。その場合、SEVIS(米国政府の留学生管理システム)上の記録が「終了(Terminated)」となり、F-1資格を維持していない状態と扱われるため、原則として出国するか、速やかに移民法上の対応を取る必要があります。
NIL活動に関する包括的な連邦ガイダンスは、現時点で確認できません。また、活動を米国外で行っても必ず適法になるとは限らないため、活動場所、米国内での継続的な活動、報酬との関係を個別に検討する必要があります。
JBpressは、佐々木選手が日本企業14社とNIL契約を締結していると報じています。この報道が正確であることを前提とすれば、これは日本市場に高い商業価値を持つ同選手だからこそ成り立つ構造とみられ、外国人学生アスリート一般がNILの恩恵を等しく享受できるわけではない点には注意を要します。NILがもたらした「残留の経済合理性」は、外国出身選手にとっては、母国市場での商業価値に加え、在留資格、活動内容および履行地に応じた個別の法的検討を要します。
第四に、実務的な視点として、本件は期限管理と交渉設計の重要性を示しています。
MLB球団との交渉期限とNPB球団との交渉権存続期限がほぼ同時期に設定されている本件では、一方の交渉状況が他方の条件交渉に影響を与える関係にあり、代理人・アドバイザーには両制度の規則(各指名順位の割当額とボーナスプール、NCAAの資格規則、エージェント関与に関する規制等)を横断的に理解した助言が求められます。
6 おわりに
佐々木麟太郎選手は、熟慮の末、メジャーリーグへ直接つながる道を選び、2026年7月19日にマーリンズとの契約意思を正式に表明しました。球団との契約手続を残すものの、本件は、国境を越えて活動するアスリートの増加に伴い、各国・各リーグの制度が交錯する場面が今後も生じ得ることを示しています。ドラフト制度、アマチュア資格規則、代理人規制といった各制度を横断的に把握し、選手のキャリア全体を見据えた法的助言を行うことの重要性は、今後ますます高まるものと考えられます
(注記)本稿の事実関係は2026年7月19日時点の公表資料および報道に基づくものであり、各制度の詳細は関係規約の原文をご確認ください。本稿は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案に関する法的助言ではありません

