2026/10/01Publicity rights/パブリシティ権
AI模倣音声と声のパブリシティ権―津田健次郎氏の東京地裁判決を解説
東京地裁は2026(令和8)年9月30日、津田健次郎氏がTikTokの運営会社に動画の削除を求めた事件で、人の声もパブリシティ権の保護対象となり得るという判断を示しました。一方、動画は既に削除されていたため、請求はすべて棄却されています。声優や俳優の声をAIで再現する利用が広がる中、何が法的に保護され、どのような点が未解決なのか。判決の内容と、コンテンツ制作・広告・契約実務への影響を整理します。
1.事件の概要―188件の動画の削除を求めた訴訟
本件は、東京地方裁判所民事第46部・2026(令和8)年9月30日判決(髙橋彩裁判長)、令和7年(ワ)第70635号「投稿記事削除請求事件」です。津田氏は、TikTokに投稿された動画のナレーションが自身の声に類似するなどとして、不正競争防止法またはパブリシティ権に基づく削除を求めました。
判決によれば、氏名不詳の投稿者は2024年7月から2025年9月までに、都市伝説や心霊現象などを扱う188件の動画を投稿しました。アカウントには2025年11月時点で21万人以上のフォロワーがおり、コメント欄には津田氏の声を連想する書き込みが見られました。
他方、アカウントからリンクされた外部サイトには、津田氏の声ではなく、声真似が上手い友人の声をAIに学習させたデータを使用した旨の記載がありました。裁判所が認めたのは、その説明が掲載されていたという事実であり、実際の学習素材や生成方法を認定したわけではありません。本訴では、損害賠償は請求されていません。[東京地裁判決・第1、第2]
2.法的なポイント―声の顧客吸引力を保護する一般論
声も「個人の人格の象徴」になり得る
裁判所は、人の声は肖像と同様に「個人の人格の象徴」であるとしました。その上で、実演家の声などを無断で使用する行為について、次の条件を満たす場合にはパブリシティ権の侵害に当たるとの一般論を示しています。
その声に、商品の販売などを促進する顧客吸引力があること。
声の使用が、専らその顧客吸引力を利用する目的であること。
顧客吸引力とは、その人の声だからこそ商品やサービスに人が引き付けられる力です。今回の判断は、声の持つ商業的価値も、パブリシティ権による保護を検討できることを明示した点に意義があります。[東京地裁判決・7頁]
ピンク・レディー事件最高裁判決との関係
最高裁第一小法廷・2012(平成24)年2月2日判決、平成21年(受)第2056号(ピンク・レディー事件)は、氏名や肖像などの顧客吸引力を排他的に利用する権利をパブリシティ権と位置付けました。肖像自体を鑑賞する商品、商品を差別化するための利用、広告への利用など、専ら顧客吸引力を利用する場合に侵害が成立するとしています。
最高裁は、報道や論説、創作物などにおける正当な表現行為として、利用を受忍すべき場合も認めています。今回の東京地裁判決は、この枠組みに沿って声の保護を明示したものと評価できます。[最高裁判決・3~4頁]
3.請求棄却の理由と、判断されなかった点
投稿者は2026年5月29日にアカウントを削除し、30日以内に復旧申請をしませんでした。裁判所は、同年6月28日の経過をもって動画を含むデータがサーバーから削除され、7月3日の口頭弁論終結時には削除対象が残っていなかったと認定しました。
裁判所は、削除対象の存否は実体上の削除請求権の問題であり、訴えの利益を左右しないとしています。そのため、訴えを却下するのではなく、さらに削除すべき対象がないとして請求を棄却しました。
本件音声と津田氏の声の類似性、個々の動画の権利侵害、不正競争防止法違反、TikTokの削除義務については判断していません。声が保護対象となり得ることと、類似する合成音声を本人の声の利用と評価できることは、別の問題です。声の保護に関する一般論は示されましたが、今回の棄却という結論に不可欠な判断ではなく、個別の侵害認定を伴っていない点に留意が必要です。[東京地裁判決・7~8頁]
なお、9月30日の弁護士ドットコムニュースでは、原告側は控訴しない方針と報じられています。ただし、本稿の確認日時点で判決の確定は確認していません。[同記事・2026年9月30日]
4.コンテンツ制作・広告実務への影響
広告や動画にAI音声を使う事業者は、出来上がった音声が特定の人物を想起させ、その人気や信用によって集客する使い方になっていないかを確認することが重要です。「AI生成」という表示や学習素材の説明だけで適法性を判断せず、声の特徴、話し方、人物名や画像の表示、利用目的を併せて検討すべきです。これは本判決を踏まえた実務上の推奨です。
同時に、本判決から、似た声の使用がすべて侵害になるという結論は導けません。非著名人の声の無断利用、非商業的利用、風刺・批評などの扱いも、本判決では解決していません。顧客吸引力による保護が難しい場合には、人格的利益など別の保護根拠を検討する必要があります。
5.実務上の対応―証拠保存とAI利用契約
権利者側は、音声・動画、URL・投稿ID、投稿日時、アカウント表示、視聴者コメントを早期に保存する。再生数や収益化状況も、確認できる範囲で記録する。
音声比較では、単に低音などの共通点を挙げるだけでなく、本人との結び付きや識別可能性を説明できる資料を集める。専門家による分析の必要性も検討する。
削除を求める際は、公開停止とサーバー上のデータ削除を区別し、復旧可能性や再投稿も確認する。削除訴訟では、口頭弁論終結時の対象の存否が重要になる。
利用事業者側は、音声提供者や制作会社の許諾範囲を確認し、広告利用、第三者提供、再学習などの条件を契約に具体化する。
本人の同意を得てAI音声を制作し、将来の出演や実演を代替する取引では、利用目的・媒体・期間、対価、利用停止、契約終了後のデータの扱いも重要です。本判決は、これらの契約条件や最低基準を定めたものではありません。無権限の商業利用に対する保護と、同意に基づく将来の実演代替の条件設計を分けて考える必要があります。
6.まとめ
今回の判決は、人の声もパブリシティ権の保護対象となり得ることを示しました。ただし、AI模倣音声についての具体的な侵害認定や、プラットフォームの一般的な削除義務は未判断です。実務では、本人との結び付き、顧客吸引力、利用目的、削除対象の残存状況を具体的な証拠に基づいて検討することが重要です。
主な参考資料
裁判所:東京地裁2026(令和8)年9月30日判決・令和7年(ワ)第70635号。事件の事実関係、声の保護に関する一般論、請求棄却の理由。
裁判所:最高裁第一小法廷2012(平成24)年2月2日判決・平成21年(受)第2056号。パブリシティ権の性質、侵害の要件、正当な表現行為との関係。
e-Gov法令検索:不正競争防止法(1993〔平成5〕年5月19日公布、平成5年法律第47号)。本件で原告が主張した2条1項1号・2号及び3条。
弁護士ドットコムニュース・塚田賢慎:津田健次郎さんの「声」を生成AIで無断模倣、東京地裁が「パブリシティ権」の対象と初判断…請求棄却でも残した意義(2026年9月30日15時36分)。原告側の控訴方針についての補助資料。
最終情報確認日:2026年10月1日
本記事は、上記確認日時点の資料に基づく一般的な情報提供を目的とし、個別の事案に対する法的助言ではありません。具体的な判断は、事実関係や契約内容等によって異なります。

