2026/04/18Copyright/著作法
EU司法裁判所が示した「サンプリング」の線引き — Pelham判決から見るパスティーシュと著作権の考え方
音楽や映像の制作では、既存作品の一部を参照したり、似た表現を用いたりする場面があります。では、そうした表現はどこまで許されるのでしょうか。2026年4月14日のEU司法裁判所 Pelham判決は、この問題を考えるうえで重要なヒントを示しています。[1]
Pelham判決とは何か
2026年4月14日、EU司法裁判所は Pelham事件(C-590/23)で、「パスティーシュ(pastiche)」例外の意味を明確にしました。CJEUの公式プレスリリースによれば、この判決は、サンプリングとの関係でパスティーシュ例外の範囲を明らかにしたものです。[1]
この事件では、レコード製作者の著作隣接権が主に問題となっていました。2019年の先行判決に関するCJEU公式プレスリリースも、無断サンプリングが phonogram producer’s rights、すなわちレコード製作者の権利を侵害し得ると整理しています。[2]
もっとも、今回EU司法裁判所が示したのは、その個別の権利侵害の有無だけではありません。情報社会指令2001/29/ECは、そもそも「copyright and related rights」の保護を対象とし、パスティーシュの例外を定めた第5条3項は第2条及び第3条の権利に対する例外・制限を定めています。そのため、パスティーシュは著作権だけでなく、同指令上の一定の著作隣接権にも及ぶ例外として理解されています。[3]
パスティーシュは「何でもあり」ではない
今回の判決を一言でいえば、パスティーシュは既存作品の利用を何でも正当化する万能の例外ではない、ということです。CJEUの公式プレスリリースは、パスティーシュについて、既存作品を想起させつつも明確に異なり、しかも既存作品との芸術的又は創作的な対話が認識できる創作を含むと整理しています。他方で、隠れた模倣や盗作を正当化するものではないとも明言しています。[1]
ここで重要なのは、単に「似ているかどうか」だけではなく、既存作品との関係が受け手に分かるか、そのうえで新たな創作的意味づけがあるか、という点です。EU法上のパスティーシュは、そのような「分かる形での創作的対話」を前提にしています。[1]
EU法上のパスティーシュは、説明がやや難しい概念ですが、大づかみにいえば、米国フェアユースでいう「トランスフォーマティブ・ユース」に近い発想を含みます。これは、既存作品をそのまま使うのではなく、それを土台にして新しい表現や意味、メッセージを生み出しているかを重視する考え方です。他方で、EU法のパスティーシュは、それだけでなく、日本法の引用のように、元作品との関係が受け手に分かることも重視しており、その意味でEU独自の個別例外といえます。
「少しだけなら大丈夫」ではない
サンプリングの話になると、「短いフレーズなら問題ないのではないか」と考えたくなります。しかし、Pelham判決群は、そのような単純な考え方を採っていません。
2019年の先行判決で、EU司法裁判所は、短い音源の断片であっても、無断サンプリングは原則としてレコード製作者の権利を侵害し得るとしました。その一方で、サンプルが耳で認識できないほどに修正されている場合には、侵害に当たらないとしています。ここでの考え方は、「短いから適法」というものではありません。あくまで「耳で認識できないほど変形されていれば、そもそも保護された音源の一部の再製とはいえない」という整理です。[2]
したがって、Pelham判決を「少しだけなら問題ないとした判決」と理解するのは正確ではありません。認識可能な利用であれば、まず権利侵害の問題となり、そのうえで例外の有無を別途検討する、という順序で理解する必要があります。[1][2]
de minimis の代表例は米国の「Vogue」事件
この点は、米国法と比べると分かりやすいと思います。
サンプリングにおける de minimis の代表例として挙げられるのは、マドンナの「Vogue」をめぐる米国第9巡回区控訴裁判所の VMG Salsoul v. Ciccone 判決です。この事件では、原告は「Vogue」のプロデューサーが Love Break から 0.23秒のホーン音を取り込んだと主張し、判決もその使用部分を 0.23-second horn hit と記載しています。そのうえで第9巡回区は、少なくとも問題となったサウンド・レコーディングの利用について、de minimis 例外が適用されると判断しました。[4]
つまり、米国の Vogue事件は「ごく軽微な利用であるため、侵害として扱わない」という判断です。これに対して、EUの Pelham判決群は、「認識可能な利用であれば原則として権利侵害の問題になるが、そのうえでパスティーシュ例外に入るかを検討する」という構造を取っています。見た目の結論が似る場面があっても、法的な考え方はかなり異なります。[1][2][4]
日本法ではどう考えるべきか
日本法には、EU法のような「パスティーシュ」の明文規定はありません。そのため、日本で既存作品を参照した表現が適法かどうかを考えるときは、主として引用(著作権法32条)の成否や、引用に当たらない場合の複製・翻案等の侵害の成否として検討することになります。[5]
文化庁の「著作権テキスト」でも、引用は「報道、批評、研究等の目的」で他人の著作物の一部を利用する場合の例外とされ、必然性、引用部分の明確性、主従関係、必要最小限度、出所の明示などがポイントとして整理されています。したがって、EU法で重要とされる「既存作品との関係が分かること」や「新たな創作的文脈があること」は、日本法でも参考になる視点ではありますが、それ自体が日本法上の要件になるわけではありません。[6]
この点は、実務上かなり大切です。「オマージュだと分かるから大丈夫」「新しい意味を加えたから問題ない」といった理解は、日本法ではそのまま通用しません。日本法では、あくまで引用の成立要件を満たしているか、そうでなければ侵害に当たるか、という順序で検討する必要があります。[5][6]
実務では何を意識すべきか
EU法の文脈で見るポイント
コンテンツ制作の現場では、まず「短ければ自由」とは考えない方が安全です。また、既存作品を認識できる形で利用するのであれば、権利処理の問題が生じることを前提に検討する必要があります。EU法の文脈では、そこに既存作品との創作的対話が明確に認められるかが重要になります。[1][2]
日本法の文脈で見るポイント
一方、日本法では、そのままパスティーシュ論に乗るのではなく、引用の成否や、引用に当たらない場合の複製・翻案該当性を丁寧に見ていくことになります。要するに、「少しだけ使ったかどうか」だけではなく、何を、どのように、どの法的枠組みの下で利用しているのかを切り分けて考えることが重要です。[5][6]
おわりに
Pelham 2026判決は、サンプリングを全面的に自由化した判決ではありません。他方で、既存作品と対話する創作の余地を、権利者保護と表現の自由のバランスの中で整理した判決として注目に値します。音楽、映像、広告、SNS、AI生成コンテンツなど、既存作品との距離感が問題になる場面は今後も増えていくはずです。その際には、EU法と日本法の違いを踏まえつつ、どの権利が問題になり、どの例外や要件で判断されるのかを丁寧に確認することが重要です。[1][5]
脚注
[1] Court of Justice of the European Union, Press Release No 50/26, 14 April 2026, Case C-590/23, Pelham.
[2] Court of Justice of the European Union, Press Release No 98/19, 29 July 2019, Case C-476/17, Pelham GmbH, Moses Pelham and Martin Haas v Ralf Hütter and Florian Schneider-Esleben.
[3] Directive 2001/29/EC of the European Parliament and of the Council of 22 May 2001, especially Articles 1, 2, 3 and 5(3)(k).
[4] VMG Salsoul, LLC v. Ciccone, 824 F.3d 871 (9th Cir. 2016). 判決文は、原告主張として “copied a 0.23-second horn hit” と記載し、問題となったホーン音について “The single horn hit lasts for 0.23 seconds” と述べたうえで、de minimis の判断を示している。
[5] 著作権法32条(引用)。
[6] 文化庁「著作権テキスト」及び文化庁講習会資料「著作権法概論」。引用の要件として、必然性、引用部分の明確性、主従関係、必要最小限度、出所の明示などが整理されている。

