2026/04/27Publicity rights/パブリシティ権
AI時代のスポーツ肖像権
選手の画像は「同意なし」で学習されてよいのか
生成AIの広がりにより、スポーツの試合映像や選手の写真が、AIの学習に使われる場面が現実のものになってきました。
これまで、選手の肖像利用といえば、写真を広告に使う、グッズに掲載する、ゲームに登場させる、といった場面が中心でした。
しかし、AIの時代には、選手の画像や映像が「学習データ」として使われ、その結果として、選手に似た画像、アバター、キャラクター、音声付きの対話サービスなどが作られる可能性があります。
では、日本では、選手の肖像が本人の知らないうちにAIに学習されても問題はないのでしょうか。
この点は、「著作権でOKだから問題ない」と単純に整理できる話ではありません。
著作権の問題と、選手本人の権利の問題は、分けて考える必要があります。
これって「勝手に使われている」ことにならないのか
まず多くの人が感じるのは、
「本人の許可なしにAI学習に使うのはおかしいのではないか」
という感覚だと思います。
特にスポーツ選手の場合、顔や姿、フォーム、プレースタイルそのものが大きな価値を持っています。
人気選手であれば、その写真が掲載されているだけで、広告や商品に注目が集まります。
そう考えると、選手の画像や映像がAIに取り込まれ、本人の知らないところで学習されることに違和感を持つのは自然です。
もっとも、日本法は、この点について、直感とは少し違う整理をしています。
特に、AI学習の場面では、まず著作権法の規定が問題になります。
なぜAIは画像を学習できるのか
日本の著作権法には、著作権法30条の4という規定があります。
この規定は、著作物を「鑑賞する」「読む」「楽しむ」といった目的ではなく、情報解析などのために利用する場合には、一定の範囲で著作物を利用できるとするものです。
AI学習は、多くの場合、画像や文章などを人が楽しむために利用するのではなく、機械的に特徴を抽出し、モデルを作るために利用します。
そのため、文化庁の整理でも、AIの学習データとして著作物を収集・利用することは、著作権法30条の4が想定する典型例の一つとされています。
このため、試合映像や選手写真が著作物である場合でも、AI学習のための利用については、著作権法上、許諾なしで行われ得る場面があります。
ここで注意が必要なのは、著作権法が保護しているのは、基本的には「著作物を作った人」や「著作権を持っている人」の権利だという点です。
試合映像であれば、撮影者、制作会社、放送事業者などが著作権者となることが多く、そこに写っている選手本人が著作権者とは限りません。
つまり、著作権法の世界では、選手本人の同意とは別のところで、AI学習の可否が判断されることになります。
だからといって何でもOKではない
もっとも、ここで大きな誤解があります。
著作権法30条の4によってAI学習が許される場合があるからといって、選手の顔や名前を何に使ってもよい、ということにはなりません。
著作権法30条の4が扱っているのは、あくまで著作権の問題です。
一方で、選手本人には、著作権とは別の人格的な利益や、商業的な価値に関する利益があります。
たとえば、ある選手の顔を広告に使う場合には、単に「写真の著作権を処理したか」だけでは足りません。
その写真に写っている選手本人の肖像を広告に使ってよいのか、という問題が別にあります。
AIの場合も同じです。
学習段階では著作権法上の問題がクリアされるとしても、その後、特定の選手に似た画像やアバターを作り、商品やサービスの宣伝に使う場合には、別の法的問題が生じます。
問題は「写っている人の権利」
ここで重要になるのが、肖像やパブリシティに関する権利です。
日本法では、肖像権という名前の法律があるわけではありません。
しかし、判例上、人がみだりに自己の容貌等を撮影・公表されない利益は、人格的利益として保護され得ると考えられています。
また、著名人の場合には、氏名や肖像が持つ顧客吸引力が問題になります。
最高裁平成24年(2012年)2月2日判決、いわゆるピンク・レディー事件では、氏名や肖像が持つ顧客吸引力に基づく利益が、一定の場合に「パブリシティ権」として法的保護の対象となることが示されています。
スポーツ選手についても、人気選手の顔や名前には、明らかに人を引きつける力があります。
その力を利用して商品やサービスの価値を高めるのであれば、本人や権利管理主体の許諾が必要になる場面があります。
したがって、AI学習の問題を考えるときも、
「その画像の著作権はどうか」
だけではなく、
「そこに写っている選手本人の権利をどう考えるか」
を切り分けて検討する必要があります。
本当に問題になるのはどの場面か
実務上のポイントは、「学習」と「利用」を分けて考えることです。
AIが画像や映像を学習する段階では、著作権法30条の4により、比較的広く利用が認められる可能性があります。
しかし、学習した結果として何を出力し、それをどのように使うかは、まったく別の問題です。
たとえば、次のようなケースを考えると分かりやすいです。
ある有名選手に似たAIキャラクターを作る。
そのキャラクターをファン向けアプリで使う。
本人が関与していないにもかかわらず、本人公認のように見える表示をする。
選手に似た生成画像をスポンサー広告に使う。
このような場面では、単なる情報解析ではなく、選手の人格的利益や顧客吸引力を利用していると評価される可能性があります。
そのため、著作権法上のAI学習の許容性だけを根拠にして、安全だと考えるのは危険です。
「そっくりAI」はどこまで許されるのか
AIが作る画像やアバターが、特定の選手を強く想起させる場合、それは単なるデータ処理ではなく、「人物の再現」に近づいていきます。
もちろん、どこまで似ていれば違法になるのかについて、明確な数値基準があるわけではありません。
顔の類似性だけでなく、名前、背番号、ユニフォーム、プレースタイル、紹介文、利用される場面などを総合的に見る必要があります。
たとえば、顔だけは少し変えていても、背番号、所属チームを想起させる配色、プレーの特徴、キャッチコピーなどが重なれば、実質的には特定の選手を思い起こさせる場合があります。
逆に、単にスポーツ選手風の一般的なキャラクターであり、特定選手を連想させる要素が弱ければ、法的リスクは相対的に下がります。
重要なのは、単に「似ているかどうか」ではなく、
「その選手の価値を利用しているといえるか」
「本人が関与していると誤解されるか」
「広告や商品販売と結びついているか」
という点です。
特に広告や販促で使う場合には、リスクは高くなります。
本人がその商品やサービスを推薦しているように見えるからです。
選手の価値はどう変わるのか
スポーツビジネスにおいて、選手の価値は、単なる画像や映像にとどまりません。
ファンが選手を認識するときには、顔、名前、背番号、所属、プレースタイル、発言、過去の実績などが一体となっています。
AIは、こうした要素を組み合わせて、「選手らしさ」を再現することができます。
ここに、従来の肖像利用とは違う難しさがあります。
従来は、写真や映像を使う場合に、その素材の利用許諾をどう取るかが中心でした。
しかし、AI時代には、素材そのものではなく、そこから抽出された特徴や雰囲気が使われる可能性があります。
たとえば、実在の写真をそのまま使っていなくても、特定の選手を強く想起させるAIアバターが作られることがあります。
この場合、「元の写真を使っていないから問題ない」とは言い切れません。
今後は、選手の肖像利用について、
「写真を使ったか」
「映像を使ったか」
だけでなく、
「選手らしさを再現したか」
「その再現を商業的に利用したか」
という視点が重要になります。
顔データはどう扱われるのか
もう一つの重要な視点が、個人情報です。
顔画像が特定の個人を識別できるものであれば、個人情報に当たり得ます。
また、顔の特徴を抽出して本人識別に使うようなデータは、より慎重な取り扱いが求められます。
個人情報保護委員会も、カメラ画像や顔識別機能付きカメラシステムについて、利用目的の明確化、適切な管理、第三者提供の確認などが重要であると整理しています。
もっとも、個人情報保護法の問題も、単純に
「顔画像を使うには必ず本人同意が必要」
という話ではありません。
取得の方法、利用目的の示し方、第三者提供の有無、顔特徴データとして処理しているかどうかなどによって、必要な対応は変わります。
そのため、AI学習に選手画像を使う事業者は、著作権法だけでなく、個人情報保護法の観点からも確認する必要があります。
結局、どう考えればよいのか
現行の日本法を整理すると、まず、AI学習の段階では、著作権法30条の4により、一定の利用が許される可能性があります。
そのため、選手本人の同意が、著作権法上当然に必要とされるわけではありません。
しかし、それは、選手本人の権利が何も残らないという意味ではありません。
学習後の利用、特に特定選手らしさの再現、アバター化、広告利用、推薦表示のような場面では、肖像、パブリシティ、個人情報といった別の問題が生じます。
つまり、AIとスポーツ選手の肖像の問題は、二段階で考える必要があります。
一つ目は、学習段階です。
ここでは、著作権法30条の4の適用が問題になります。
二つ目は、出力・利用段階です。
ここでは、選手本人の権利や、消費者に誤解を与えないかといった点が問題になります。
この二つを混ぜてしまうと、議論が分かりにくくなります。
「AI学習だから自由」とも、「選手が写っているからすべて同意が必要」とも、単純にはいえません。
現実的な対策はどこにあるのか
この問題は、法律だけで完全に解決できるものではありません。
特に、AI学習の入口を、個々の選手が一人ひとり管理するのは現実的ではありません。
そのため、実務では、選手会、リーグ、クラブ、競技団体などが、契約やガイドラインによってルールを作ることが重要になります。
たとえば、次のような点をあらかじめ整理する必要があります。
・AI学習に利用してよい素材の範囲
・学習利用を認める場合の条件
・特定選手を再現するアバター化の可否
・広告利用やスポンサー利用の制限
・本人公認と誤解される表示の禁止
・収益が発生した場合の分配方法
・選手が利用を拒否できる仕組み
特に重要なのは、学習段階の話と、出力・商業利用の話を分けて規定することです。
単に「AI利用を許諾する」とだけ書いてしまうと、後で想定外の使われ方をめぐって紛争になる可能性があります。
AI利用を認めるとしても、
「何のために使うのか」
「どこまで再現してよいのか」
「広告や商品化まで含むのか」
「本人の確認や承認を必要とするのか」
を具体的に定めることが重要です。
今の日本のルールをまとめると
今の日本法は、大きく見ると、
学習の段階には比較的寛容で、
再現や商業利用の段階では別の規律がかかる、
という構造になっています。
これは、AI開発を進めやすくするという意味では、一定の合理性があります。
一方で、スポーツ選手のように、肖像そのものが大きな価値を持つ人にとっては、自分の顔や姿が学習に使われることを事前にコントロールしにくいという問題があります。
このアンバランスをどう調整するかが、今後の課題です。
法改正によって対応する方法も考えられますが、すぐに明確なルールができるとは限りません。
そのため、当面は、契約、ガイドライン、業界ルール、選手会による集団的な権利管理などが、現実的な対応策になると考えられます。
押さえておきたいポイント
AIとスポーツ選手の肖像の問題は、これから確実に増えていきます。
重要なのは、著作権だけで判断しないことです。
著作権法上はAI学習が許される場面でも、選手本人の肖像やパブリシティ、個人情報の問題は残ります。
また、問題は「AIに学習されたか」だけではありません。
むしろ、学習の結果として、何が作られ、それがどう使われるのかが重要です。
特定の選手を思わせるAIアバター。
本人が推薦しているように見える広告。
選手らしさを利用したファン向けサービス。
こうしたものが増えてくると、従来の写真利用や映像利用とは違う、新しい権利処理が必要になります。
スポーツビジネスに関わる事業者としては、AI利用を単なる技術の問題としてではなく、選手の権利、ファンへの表示、契約上のリスクを含む法務課題として整理しておく必要があります。
脚注
1 著作権法30条の4。著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用として、情報解析の用に供する場合を明記している。
2 文化庁「AIと著作権に関する考え方について」(2024年3月)。AI学習のための著作物利用について、著作権法30条の4との関係を整理している。なお、同文書は法的拘束力を有するものではなく、確定的な法的評価を行うものでもない。
3 最高裁平成24年(2012年)2月2日判決(ピンク・レディー事件)。氏名・肖像等の顧客吸引力に基づく利益について判示したもの。
4 個人情報保護委員会「民間事業者向け カメラと個人情報保護法」(2023年)。顔画像や顔識別機能付きカメラシステムに関する個人情報保護法上の留意点を整理している。

