2026/05/01Publicity rights/パブリシティ権
テイラー・スウィフトの「声」は商標で守れるのか - 生成AI時代に問われる声・肖像とパブリシティ権 -
テイラー・スウィフトが、自身の声とステージ上の画像について、米国で商標出願をしたと報じられています。
生成AIの広がりにより、本人が話していない言葉を、本人の声に似せて話させることが容易になっています。また、本人が出演していない動画や広告に、本人らしい姿を登場させることも可能になっています。
では、テイラー・スウィフトの「声」や「姿」を商標として押さえることは、生成AI対策として有効なのでしょうか。この点は、「声を商標にしたから、本人の声や肖像が広く守られる」と単純に整理できる話ではありません。商標で守られるものと、パブリシティ権や肖像権で考えるべきものは、分けて考える必要があります。
何が出願されたのか
報道によれば、今回出願されたのは、「Hey, it’s Taylor Swift」「Hey, it’s Taylor」という2つの音声と、ステージ上でピンク色のギターを持つ画像です。出願主体は、テイラー・スウィフトの知的財産を管理するTAS Rights Managementとされています。現時点では、登録済みではなく、出願段階です。この出願については、生成AIによるディープフェイクや、本人が承認していない広告・音声利用への対抗策とみられています。
もっとも、ここで注意が必要です。今回の出願は、テイラー・スウィフトの声そのもの、肖像そのものを包括的に押さえるものではありません。あくまで、特定の音声や画像を、商品・サービスとの関係で商標として保護しようとするものです。
声は商標になるのか
商標というと、ブランド名、ロゴ、商品名を思い浮かべることが多いと思います。しかし、商標は文字やロゴに限られません。一定の場合には、音も商標として保護されます。日本でも、2015年(平成27年)から、音商標などの「新しいタイプの商標」が保護対象になっています。
もっとも、「有名人の声だから当然に商標になる」というわけではありません。
商標として重要なのは、その音や画像が、商品やサービスの出所を示すものとして機能しているかどうかです。
たとえば、消費者がその音声や画像に接したときに、
「これは本人の公式コンテンツだ」
「本人が関与している商品・サービスだ」
「本人が承認している広告だ」
と受け取るような使われ方をしているかが問題になります。つまり、商標が守る中心は、本人の人格そのものではありません。
本人ブランドの「公式らしさ」や「出所表示」としての機能です。
だからといって声全般が守られるわけではない
ここで大きな誤解があります。
仮に今回の音声や画像が商標登録されたとしても、テイラー・スウィフトに似た声や姿のすべてが禁止されるわけではありません。商標法が主に守っているのは、商品やサービスの出所表示です。そのため、本人の声や肖像のすべてを、商標によって包括的に支配できるわけではありません。
問題になるのは、登録された音声や画像が、本人の公式商品、公式サービス、公式広告であるかのように使われる場合です。
逆に、本人らしい声や姿が使われていても、それが商標的な使い方といえない場合には、商標法だけで対応することは難しくなります。この点で、商標の保護範囲はそれほど広くありません。
商標戦略が効きやすい場面
商標戦略が特に効きやすいのは、商業利用の場面です。
たとえば、次のようなケースです。
・AIで作ったテイラー風の声が、特定の商品をすすめる広告に使われる。
・AIで作ったテイラー風の映像が、公式キャンペーンのように配信される。
・本人の公式音声や公式画像に見える形で、アプリ、ゲーム、NFT、メタバース、グッズ販売に利用される。
・本人が承認しているように見えるSNS広告が出される。
このような場面では、商標権があれば、警告書、差止請求、損害賠償請求、プラットフォームへの削除申請の根拠として使いやすくなります。特に、YouTube、TikTok、Instagram、Xなどのプラットフォーム対応では、「どの権利が侵害されているのか」を明確に示すことが重要です。
「本人らしさを無断で使われた」というだけでは判断が難しい場合でも、「登録商標に近い音声や画像が、公式と誤認される態様で使われている」と説明できれば、削除対応につながりやすくなる可能性があります。その意味で、今回のテイラー・スウィフトの商標出願は、生成AIによって作られる「公式っぽい偽物」に対抗するための有効な一手といえます。
商標だけでは止めにくい場面
一方で、商標は万能ではありません。たとえば、次のような場面では、商標だけで対応することは難しくなります。
・非商業的なファン投稿
・ニュース、批評、パロディ、風刺
・本人を揶揄する非公式動画
・性的ディープフェイク
・本人らしい声ではあるが、特定の登録音声や公式ブランド表示とは結びつかないAI音声。
これらは、商標の問題というより、肖像権、パブリシティ権、プライバシー、名誉毀損、契約、プラットフォーム規約、場合によっては刑事法や特別法で対応すべき問題です。特に、性的ディープフェイクのような悪質な事案は、商標問題として整理するよりも、人格権侵害やプライバシー侵害として対応する方が本筋となる場合が多いでしょう。
生成AIの問題は「公式と間違えるか」だけではない
生成AIによる声や肖像の不正利用は、単に「公式商品と間違えるか」という問題にとどまりません。
・本人が言っていないことを、本人の声で話しているように見せる。
・本人が出演していない映像に、本人の姿を登場させる。
・本人の評判や信用を利用して、広告、投資勧誘、詐欺、性的画像、政治的メッセージに使う。
このような問題は、本人の人格的利益、社会的評価、商業的価値、ファンとの信頼関係、広告市場での信用に関わります。
したがって、商標だけで処理するには限界があります。むしろ中心になるべきなのは、氏名、肖像、声、その他本人を識別させる特徴を、どの範囲で、誰が、どのような場合に利用できるのかというパブリシティ権の問題です。
日本でも声の無断利用について検討が始まっている
この問題は、米国だけの話ではありません。日本でも、生成AIによる声や肖像の無断利用を受けて、法務省が2026年4月、「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」を開始しました。法務省は、生成AIの普及等により、肖像や声等の無断利用の事案が深刻化しているとの指摘を踏まえ、パブリシティ権等の侵害に関する不法行為法の解釈・適用などを検討すると説明しています。
この動きは、今回のテイラー・スウィフトの商標出願を考えるうえでも重要です。なぜなら、商標は、声や肖像のすべてを守る制度ではないからです。
・本人の声や肖像をどのような場合に無断利用してはいけないのか。
・AIで本人に似た声を生成することは、どのような場合に民事責任を生じさせるのか。
・本人の経済的価値を利用した場合と、人格的利益を侵害した場合をどう区別するのか。
こうした問題は、商標法だけでは十分に処理できません。日本での検討は、まさにこの空白をどのように埋めるかという議論といえます。
必要なのは過度な独占ではない
もっとも、ここで目指すべきなのは、著名人の声や肖像を何でも独占させる制度ではありません。声や肖像は、報道、批評、パロディ、研究、ファン創作など、さまざまな表現活動とも関わります。そのため、本人の声や肖像を保護する制度を整えるとしても、表現の自由とのバランスを慎重に考える必要があります。
重要なのは、次のような利用を適切に規制することだと考えます。
・本人が関与していないのに、本人公認であるかのように見せる利用
・本人の商業的価値にただ乗りする利用
・本人の社会的評価を傷つける利用
・本人の声や肖像を詐欺、性的画像、政治的操作などに用いる利用。
他方で、報道、批評、パロディ、研究、正当なファン活動まで過度に萎縮させる制度であってはなりません。その意味で、必要なのは、声や肖像を無制限に独占させる制度ではなく、明確でバランスの取れたパブリシティ権のルールです。
ハーモナイズされたパブリシティ権ルールへ
生成AIによる声や肖像の不正利用は、国境を越えて広がります。一つのAI音声やAI動画が、SNSや動画プラットフォームを通じて、世界中に一瞬で拡散します。にもかかわらず、パブリシティ権の内容や救済手段が州ごと、国ごとに大きく異なると、権利者側は迅速に対応しにくくなります。
利用者側にとっても、何が許され、何が許されないのかを判断しにくくなります。
米国では、州ごとにパブリシティ権の保護内容が異なります。また、テネシー州では、AIによる声の無断利用を意識したELVIS Actが制定されていますが、州単位の対応には限界があります。
日本でも、パブリシティ権は最高裁判例上認められているものの、明文の包括的な法律があるわけではありません。
そのため、生成AI時代には、声、肖像、氏名、その他本人を識別させる要素について、どの範囲で保護するのかを明確にする必要があります。さらにいえば、国際的に流通するAIコンテンツに対応するには、各国でばらばらの制度を積み重ねるだけでは十分ではありません。少なくとも、声や肖像の商業的無断利用、本人の関与を誤認させる利用、人格的利益を深刻に侵害する利用については、一定程度ハーモナイズされたルールが必要になるでしょう。
日本のアーティストも何を準備すべきか
日本のアーティスト、俳優、声優、タレント、スポーツ選手にとっても、今回のニュースは参考になります。まず、本人ブランドを構成する要素を整理しておく必要があります。
たとえば、次のようなものです。
・芸名
・グループ名
・ロゴ
・ツアー名
・代表的なキャッチフレーズ
・番組や動画の冒頭で使う決まり文句
・音声ジングル
・公式グッズやライブ演出と結びついた象徴的ビジュアル
このうち、商品・サービスの出所識別標識として機能しているものは、商標出願を検討する意味があります。ただし、声そのもの、顔そのもの、雰囲気そのものを包括的に商標で押さえることは簡単ではありません。商標として考えるべきなのは、あくまで「本人ブランドの識別標識」として使われている要素です。
たとえば、毎回の公式動画で同じ音声フレーズを使っている。
ライブや配信で特定の音声ジングルが公式コンテンツの目印になっている。
特定のロゴやビジュアルが公式グッズや公式イベントの識別標識として使われている。
このような場合には、商標出願を検討する実務的な意味があります。
契約でのAI対策も欠かせない
もっとも、商標出願だけでは十分ではありません。
アーティスト側は、出演契約、マネジメント契約、レーベル契約、スポンサー契約、配信契約、ゲーム・メタバース関連契約の中で、AI利用に関する条項を明確にしておく必要があります。
たとえば、次のような条項です。
・本人の声、肖像、実演データをAI学習に利用しないこと
・本人の合成音声や合成肖像を作成しないこと
・デジタルレプリカの作成・利用には、個別の書面承諾を必要とすること
・利用できる媒体、期間、地域、目的を限定すること
・第三者への再許諾を制限すること
・契約終了後の削除義務を定めること
・違反時の差止め、損害賠償、違約金、削除証明を定めること
生成AI時代の権利管理では、「権利を持っているか」だけでは足りません。
・誰が、どのデータを、何の目的で、どの範囲まで使えるのか
・学習利用は許すのか
・合成音声や合成映像の作成は許すのか
・契約終了後にデータをどう処理するのか
こうした点を、契約で具体的に決めておく必要があります。
押さえておきたいポイント
テイラー・スウィフトの今回の商標出願は、生成AI時代のアーティスト保護を考えるうえで、非常に興味深い動きです。ただし、「声を商標にする」という言葉だけが一人歩きすると、商標によって本人の声や肖像全般が守られるかのような誤解を招きます。
実際には、商標で守られるのは、商品・サービスの出所表示として機能する具体的な音声や画像です。
テイラー・スウィフトに似た声や姿のすべてが、商標で禁止されるわけではありません。
今回のニュースは、商標戦略の有効性を示すと同時に、商標だけでは生成AI時代の「本人らしさ」の不正利用に十分対応できないことを示しています。
日本でも、法務省が「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方」について検討を始めました。
今後必要なのは、著名人の声や肖像を過度に独占させることではありません。本人の商業的価値を不当に利用する行為や、本人の関与を誤認させる行為を適切に規制しつつ、報道、批評、パロディ、ファン文化にも配慮した、バランスの取れたルールです。生成AIによる声や肖像の利用は、今後、アーティスト、俳優、声優、スポーツ選手など、さまざまな分野で問題になるはずです。そのときに必要なのは、個別の商標出願だけではありません。
AI時代にふさわしい、明確でハーモナイズされたパブリシティ権保護の議論ではないでしょうか。
脚注
1 Reuters, “Taylor Swift files to trademark her voice, likeness to ward off AI deepfakes”(2026年4月27日)。テイラー・スウィフトのTAS Rights Managementが、2つの音声と1つの画像について米国特許商標庁に商標出願をしたと報じている。(Reuters)
2 AP, “Taylor Swift files 3 new trademark applications. One expert says it is to curb AI threats”(2026年4月)。同記事は、出願が審査官による審査待ちであること、AIによるディープフェイク等への対抗策とみられていることを報じている。(AP News)
3 法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会」。生成AIの普及等による肖像、声等の無断利用事案の深刻化を踏まえ、パブリシティ権等の侵害に関する不法行為法の解釈・適用等を検討するとしている。(法務省)
4 法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会第1回(令和8年4月24日)」。第1回会合が令和8年4月24日に開催されたことが公表されている。(法務省)
5 AP, “Tennessee becomes first state to protect musicians and other artists against AI”(2024年)。テネシー州のELVIS Actについて、AIによる声・肖像の無断利用への対応として報じている。(AP News)

