Trademark/商標法

2026/08/12Trademark/商標法

「Sydney Sirens」は誰のものか―ネットボールとアイスホッケーの名称衝突にみるスポーツ商標の実務

2026年8月、豪州のネットボール新体制チームをめぐり「SYDNEY SIRENS」の商標出願が判明しました。しかし、同じシドニーでは『Sydney Sirens』を名乗る女子アイスホッケーチームがすでに活動しています。まだ訴訟にも正式な異議申立てにも至っていない段階ですが、スポーツチーム名の先使用、評判、商品・サービスの重なりを考える好例です。

何が起きているのか

Netball NSWは、GIANTS NetballのSuper NetballライセンスをSports Entertainment Group(SEG)に移管することで合意し、2026年10月1日に移管する予定です。チームは西シドニーを本拠とし、名称、ロゴ、カラーは今後発表するとされています(Netball NSWNetball Australia)。

一方、IP Australiaの公開データでは、SEN NSW Pty Ltdが2026年8月2日に文字商標「SYDNEY SIRENS」を出願しています(出願番号2682641)。指定範囲は第25類の衣服・スポーツウェア、第28類のネットボール用品、第41類のスポーツ大会、興行、指導などです。2026年8月12日現在の表示は「Published: Awaiting examination」で、登録はもちろん、審査上の「acceptance」にもまだ至っていません(IP Australia出願記録)。したがって、出願の存在だけからネットボール側の新名称が確定したとも、独占権が成立したともいえません。

問題は、Australian Women’s Ice Hockey Leagueに、すでに「Sydney Sirens」という女子チームが存在します。このチームは現在もIce Hockey NSWの加盟チームとして掲載されていますが、「Sydney Sirens」の商標登録は確認できません。チームマネージャーは、同チームが2005年に設立され、20年以上の歴史を有すると説明し、対応を検討していると述べています。ただし、『Sydney Sirens』という名称の具体的な使用開始時期、継続性及び使用主体は、公開資料だけでは確定できません。また、関連する「sydneysirens.com」「sydneysirens.com.au」はホッケー関係者が保有していると報じられました(The Guardian)。もっとも、現時点で正式な異議申立て、訴訟、両者間の合意が確認されたわけではありません。

なぜ「Sirens」は女子チーム名に選ばれるのか

「Siren(セイレーン)」は、ギリシャ神話に登場し、美しい歌声によって船乗りを引き付ける存在です。ホメロスの『オデュッセイア』はその姿を具体的に描写していませんが、古代ギリシャ美術では、鳥の身体と女性の頭を持つ存在として表され、次第に女性の音楽家の姿へと変化しました。今日一般的な人魚のような姿は、後世に形成されたイメージです(The Metropolitan Museum of Art)。

この神話が持つ中心的な要素は、単なる「女性の美しさ」ではなく、人を引き付け、支配するほどの「声の力」です。そのため女子スポーツでは、女性的な神話モチーフでありながら、可憐さではなく、力、存在感、支配力、侮れない強さを表現できる名称として採用されていると考えられます。実際、Netball Scotlandは、2016年に「Sirens」を採用した理由について、神話上のセイレーンが「力と支配」を体現し、「外見に惑わされ、過小評価してはならない」というメッセージを表現できるためと説明しています(Netball Scotland Annual Report 2017・21頁)。

もっとも、すべてのチームが神話だけを由来としているわけではありません。女子プロアイスホッケーのNew York Sirensは、ニューヨークの音、エネルギー、テンポに加え、得点時に鳴るゴールホーンの音を名称に重ねています。WNBAのCleveland Sirensは、エリー湖の力と人を引き付ける力を由来とし、女性の髪と湖の波をロゴに組み込んでいます。

このように「Sirens」は、神話上の女性的な強さ、声や呼びかけ、警報音やゴールホーン、水辺の都市との結び付きという複数の意味を持たせられる名称です。この多義性が女子チームのブランドとして繰り返し選ばれる理由である一方、競技の枠を越えて同じ名称が選ばれ、今回のような商標上の衝突が生じる背景にもなっています。なお、Sydney Sirensのアイスホッケーチームが命名時にどの意味を意図していたかは、現在確認できる公式資料からは確定できません。

法的ポイント

1 出願日が早いだけで決着するわけではない

豪州商標法では、登録により、指定商品・役務について商標を使用し、他者に使用を許諾する排他的権利が生じます(20条)。120条は、登録商標の侵害要件を定めています。したがって、審査待ちの出願段階では、登録商標権に基づく差止め等を直ちに求めることはできません。もっとも、登録に至った場合、登録は原則として出願日から効力を有します(72条1項)。

豪州は、登録によって法定の排他的権利を得る制度である一方、出願人が真の所有者かという当事者間の優先関係では、先使用が重要です。そのため、日本と同じ意味での純粋な先願主義ではありません。もっとも、未登録の使用だけで登録商標と同じ法定の排他的権利が当然に生じるわけでもありません。

2 未登録の先行チームにも異議の余地がある

同法58条では、出願人が商標の所有者でないことが異議理由になり得ます。IP Australiaの実務上、未登録でも、豪州で同一又は実質的に同一の標章を、同じ種類の商品・役務について、出願人による最初の使用又は出願日のいずれか早い時点より前に、商標として取引上使用した者が、コモンロー上の所有者と判断される場合があります。また60条は、優先日前に別の商標が豪州で評判を獲得し、その評判のため出願商標の使用が欺瞞・混同を生じさせるおそれがある場合を扱います(IP Australia Opposition Manual)。

ただし、「20年間使った」という年数だけでは足りません。誰が、いつから、どの地域で、どの商品・サービスに商標として継続使用したかが問われます。試合日程、ユニフォーム、物販、スポンサー契約、請求書、報道、ウェブ履歴などが重要です。第41類のスポーツ興行や第25類の衣服では重なり得る一方、ネットボール用品に特化した第28類では結論が異なり、異議が一部にだけ認められる可能性もあります。

3 競技が違っても混同リスクは消えない

「ネットボール」と「アイスホッケー」は別競技です。しかし両者は、同じ都市名を含む完全に同一のチーム名を、女子スポーツの興行、スポンサー募集、衣料品、ファン向け物販、検索・SNS上で使用し得ます。法的な商品・サービスの類似だけでなく、消費者が提携、名称変更、系列関係を誤認する可能性も検討対象です。ドメイン保有は商標所有を自動的に決めませんが、先行使用の証拠や交渉上の要素にはなります。

4 登録後も先使用防御や一般法上の請求があり得る

仮にネットボール側が登録を得ても、ホッケー側には継続的先使用を条件とする124条の侵害防御が問題になり得ます。ただし、これは証拠や地域的範囲に左右される「防御」であり、スポンサー、物販、検索順位、将来の事業拡張まで解決する免許ではありません。反対に、ネットボール側が名称を実際に市場投入した場合、事情によってはAustralian Consumer Law 18条の誤認惹起行為やコモンロー上のパッシング・オフも検討対象になります。現時点の出願だけでこれらが成立すると断定することはできません。

日本法への示唆

日本は原則として先願主義で、長い使用だけで登録に勝てるわけではありません(特許庁「先願主義」)。もっとも、商標法4条1項10号・15号・19号や、32条の先使用権が問題となる余地はありますが、周知性など各条文の要件を満たすことが必要です。地域クラブほど、「使っているから大丈夫」と考えず、名称決定時に調査し、文字商標とロゴを早期に出願すべきです。

さらに、未登録の名称であっても、周知又は著名な商品等表示に該当する場合には、不正競争防止法2条1項1号又は2号に基づく差止め等が問題となり得ます。

実務への影響と対応

ネットボール側の新ブランドは、2026年8月12日現在、まだ正式発表前です。一般に、同じ都市で同一名称を使う二つの女子スポーツチームを長期に共存させるより、公開前に名称を変更する方が費用と混乱を抑えやすいでしょう。共存を選ぶなら、競技名の併記、ロゴ・カラー、物販、スポンサー分野、ドメインとSNS、検索広告、チケット販売、将来の育成部門・新競技展開まで契約で線引きする必要があります。IP Australiaも、同意書や共存契約が審査上考慮される場合を説明しています(Trade Marks Office Manual)。

  • 先行チーム側:使用開始日、名義人、継続使用、評判、物販を示す証拠を直ちに保全し、自らの出願と交渉方針を検討する。出願2682641を監視し、acceptanceの公告日から2か月以内に異議申立意思通知を提出する。その後、原則として1か月以内に異議理由・詳細書を提出するIP Australia手続案内)。
  • 新規参入側:商標登録簿だけでなく、同一競技・他競技を通じ、国内外のリーグ、地域クラブ、ドメイン名、SNSアカウント、物販を含む未登録使用まで横断的に調査し、名称発表、制作、スポンサー営業の前に変更リスクと費用を比較する。
  • リーグ・投資家側:チーム取得やリブランドのデューデリジェンスに、名称、ロゴ、ドメイン、アカウント、スポンサー契約、使用証拠の帰属を組み込む。

まとめ

「Sydney Sirens」の件は、まだ勝敗のついた商標紛争ではありません。しかし、競技が違えば同じ名称を安全に使える、先に出願すれば必ず勝てる、長年使えば自動的に守られる―そのいずれも危険な思い込みです。スポーツブランドでは、登録可能性だけでなく、先使用、評判、ファンの認識、物販、スポンサー、検索上の識別までを一体として評価し、発表前に解決することが最も有効なリスク管理です。

弁護士 大橋卓生

主な参考資料

本稿は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に関する法律意見ではありません。公開情報は2026年8月12日現在のものであり、出願状況や当事者の対応は今後変わる可能性があります。

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